魅入られて 第3章 1節 転進

3章 悪戦苦闘

 

1節 転進

 

 アカネとの関係は自然に休止になった。まさかお見舞いに行くワケにもいかない。SNSで連絡をとるのもはばかられる。私はやきもきしながらも、どうにもしようがなかった。

 

Time will tell …

 

「時」しか解決できないことだってあるんだよ。

 

 ユリの交友関係にも変化が見え、始終ミキという娘とツルむようになっていた。

 

 青縞(あおしま)ミキ。


 ミキは背こそやや小柄でもスタイルは抜群… おっと、私の立場でこんなこと言ったら難ではあるが… そうとしか表現できないような… 

「女性らしさ」を一身に具現化したような身体を持っていた。

 

 敢えて顔立ちには触れないが…。おそらく男性の8割… いや9割以上は「一目惚れ」するのではないだろうか。

 見事なくびれのはいった腰、きりっと緊張感のあるスカート上部の曲線、ブラウスのボタンがケシ飛びそうな二連山。そしてなによりも特徴的なのが、その肌の白さと柔らかさである。

 

 私がまだ大学1年生の夏、3年上の先輩…もちろん男性だが…と鹿児島県の与論島にバカンス?に出掛けたことがある。ちなみに私は同性にはそういう関連の関心はない。

 

 昼のフェリーで帰らなくちゃという日の午前、名残りにちょっとだけひと泳ぎという砂浜。その僅かなひとときに見掛けた同年代の、あの女性のスタイルと肌はスゴかった。お友達かと思えるもうひとりの女性も、スリムだし充分に綺麗で可愛いかった。しかし…

 あの忘れられないカラダの女性には何というか、もう「位が違う」としか表現できない神々しさが備わっていた。元々私はルックスにはさほどの関心はないはずなのだが、あのボディにだけは敬意を表し、「別格」と表現するしかないだろう。

 

 与論の強い日差しの下で、あくまで白く透き通り、全体はむしろ少し痩せているように見えても、肉質というか… なんか牛の品評会みたいだが… あくまで滑らかさと柔らかさが明らかに《見える》のである。

 

 そう、彼女が緩やかに呼吸するたびに、無駄のない腕や腿やお尻は言うに及ばす、はち切れそうなビキニに包まれたバストがたおやかに揺れるのだ。

 

 おわかりいただけようか、無駄無く太くもない二の腕やももやふくらはぎが、いちいち揺れる… 途方もない柔らかさ…

 おそらくメレンゲ級… 生クリームにも比肩すべき餅肌に相違ない。

 

 あの肌に触れてみたい。

 私は… さほどそういう性欲が強い方ではないと思うが、このときばかりはほとんど無意識に立ち上がり、声を掛けていた。まあ、ありていに言えばナンパである。

 

「こんにちはぁ、暑いっすね」

こちらを向いた一瞬が勝負かな…

 

「油断してると私みたいに灼け過ぎちゃいますよ、ほら、真っ赤」

『ふふふ、わ、すごい』

「調子こいて上脱いでサイクリングしたらこんな有様で」

『ははは、気をつけなくちゃ』

「今日が初めてのビーチでしょ?」

『あ、はい… よくわかりますね』

「まだ日焼けしてない感じですから」

『そっか、なるほどぉ』

「サンオイル塗って、パラソルの下にいてもキツイかもですよ、ここは…」

『オイルはさっき… 塗り合いっこしたんです』

「さすがです… お二人はどちらから? 与論は初めてですか?」

『あ、はい東京。昨日飛行機で、ね。学生最後の夏の思い出作り、ね』

「じゃ… その思い出に私たちも加えてください。写真一緒に、お願いします」

 

 こうして写真を一緒に撮っていただいたのだが…

 身を起こして立ち上がるとき、身体の砂を払い落とすとき、肩を組んでいただいてポーズをとるとき… いちいち彼女の肌がしなやかな弾力をもって流動するのである。柔らかくても流れきらず、一瞬高さを失っても刹那に戻り、戻り、過ぎて… 

 震えるのだ。

もはや芸術の領域であった。その気高さから目を背けることができなかった。

 私のココロも震えていた。こんな… こんな女性が本当に存在していたんだ…!

 

 そっと腰に手を回し、やや怖じ気づきながらもその肌に触れたとき… 至福だった。

せめてこのあと、あと一時間でも余裕があれば… もう少し仲良くなれたかもしれない… 

 なんてね、可能性はゼロではないにしても、まあゼロだろうな…

 

 あの器量なら、当然身近な男性が放っておくはずもない。でも名前と電話番号くらいは聞き出したかったなぁ…

 そんな思い出と感触は… いまもって忘れることはない記憶の残り香になっていた。

 

 おい、なんの話だ?

 

 そうだ、ミキだった。ミキは「私の中の、あの伝説の女性」に匹敵する身体を持つ女性だった。このままグラドルになってもすぐ一流になれるだろう。一目でそう思った。

 JKを見慣れてきた私… 飽きる程に… そんな私でも、思わず息を飲む容姿を持っていた。

 あ、ただしIQ方面については保証の限りではないが、社交性とおしゃべりはひとをそらさなかった。

 つまりは… とても魅力的だった。

 

 勝気で陽気、快活な性格なミキは、

『ミキはね、文科系科目にはちょっと自信があるの』

と自慢げに話してくれた。

 本来は一つ学年が上なのだが、昨年体調を大きく崩したとかで休学届が提出され、結果として留年したため、アキやアカネたちと同級生になったのだという。

 

 今年は二学期から復学し、様子を見ながら登校しているらしい。負けん気が強く笑顔がさわやかで、アイドル顔負けのルックス、いかにも女性らしい胸と腰のシルエット…

 ただ片耳の耳殻の発達がやや不十分で、本人はそれをひどく気にしており、常に髪で隠す習慣がついている… とは言っても、ナニ、よほど念を入れて観察しなければわかるはずの無い程度のものである。

 

 ミキは究極の片手間文化部「郷土研究部」、ありていに言えば「帰宅部」なので、放課後はまあヒマである。ミキもユリも私が授業担当ということはないけれど、十一月下旬頃からちょくちょく遊びに来るようになっていた。

 

 そして私はというと、アカネとのココロの隙間を埋める形で、ミキとの交流がいつか始まっていたのだ。いつからかな、と思い出そうとしても、きっかけが「ユリの友達」から始まった行きがかりからか、はっきりとはわからない。

 

 元々は撮った写真を送るためのSNSだったが、いつの間にか「親し気な」会話が始まっていた。ミキにもまた、アカネに負けない別の楽しさがあった。積極的でパワフルで、性格は基本さっぱりしている。

 ただ嫉妬心はヒトの三倍は強く、これだけはアキやアカネとよく似ていた。

 

 ミキの友達関係はアカネとかぶるところが多くて、私には有難かった。友達と一緒に話に来るときもあったし、独りで相談にきたこともあった。自然、私とミキの距離は急速に近づいていった。

 

『サ ム イ』
「寒いね」
『なんとも ない?』
「サミーに決まってライ! こたつが親友」

『あ、こたつズルい』

「もう離さないよ、こたつちゃん」


『あああ、早くデートしてみたいな』
「え、それ隣は私?」
『うん なにする』
「手つなぎ憧れ」
『恋人つなぎ知ってる?』
「繋いで、絡ませるアレ?」
『それしたい!』


「行く先希望は?」
『水族館か夢の国』

「みんな夢の国好きだなぁ すげえ待つのに」
『ミキは平気 余裕だよ』
「おーまいがっ! 寒空も炎天下も死ねる」


『ほんとはね』
「ほんとは?」
『どこでもいい。二人なら』
「意味深…」

 

  そんな会話のなかで、彼女もまた彼女の悩みを、打ち明けてくれるようになってきた。

 それはそれとして、私がバラすことはしたくない。

 

 しかしミキは美人過ぎるようで、耳に入るスキャンダルには事欠かなかった。しかも彼女にまつわるウワサのバリエーションは多彩だった。

 

 いわく、芸能事務所にスカウトされている。その程度ならなんでもない。

 

 いわく、中学の教員にプロポーズされたとか、その教員が手を出したのがバレてクビになったとか。

 いわく、高校の先輩が指輪を持ってプロポーズしたとか、その指輪が盗で、その先輩はただいま少年院服役中とか。

 いわく、肉体関係を持った同級生が、やがてフラれて自殺したとか寝たきりとか。

 いわく、地元の不良に強姦されたとか、スケになってるとか。

 

 ヒトも羨む美人には、美人なりの深刻な悩みがあるものなのだ。

 

『普段もね、少しの油断もできないの』

問わず語りにミキが続ける。

 

『男ってね、大抵アタシのカラダを狙って近づいてくるの。アタシね、そういうのすぐ判るのよ』

おお、隠しても感じる下心ね… 私も気をつけなくちゃ」

『ダイジョブ、ショウと居るときはね、安心してるの… なんでかな?』

「そりゃおかしいな」

『ショウはね、ミキを本気で守ってくれそうだから』

「私もオトコじゃ、中身はオオカミぞ」

『ミキを大切に思ってくれてるイヌさんにはね、無防備なの』

 

 2人だけで会話するとき、ミキは私のことを『ショウ』と呼ぶことがあった。なるほど、昇の音読みはショウだ。

 

「ふふふ、無防備だなんて言って良いの? 私も男の端くれじゃ」

『ショウなら大丈夫。判るの』

「そう言われると襲えないなぁ(笑)」

『あざといでしょ? それにね』

「おーまいがっ! やられたな… それに?」

『ショウは襲わないもん。寄り添ってくれるよ、きっと』

 

 これは想像だが…

 もしもウワサが本当ならば、昨年の休学も男性絡みなのかも知れない。

例えば強姦とか、妊娠とか、相手の自殺とか。彼女は虚弱とか説明されても、到底信じられないほど健康的で明るかった。

 

 でも、ミキはきっと、安らぎを求めている。それだけは私自身とことであるかのようによく解った。

 

そういえば、ミキが言っていたっけな…

『アタシね、明るくなったってよく言われるようになったよ』

「ふふふ、残念ながら去年のミキを知らんからなぁ」

『たぶんね、絶対信じられるヒトに出会えたから… 今のミキだけを見てほしいの』

 

そ、それって… わ、私か?

そんなヤボなこと訊けるワケもないけどさ…

 

このセリフで舞い上がらないオトコが居るだろうか?

しかもすこぶる付きの美少女である。

 

 決して満たされることのない想いを載せた会話は毎晩続き、二人を喜ばせると共に、徐々に二人を苦しめていった。できることなら、本当に「世界でふたりぼっち」になってみたかった。

 

 もし… あのとき本当にふたりぼっちになれたとしたら…

 

 きっと、結ばれたと思う。

 

 私はノボセあがっていた。

 

 あれが演技だったとしたら…

ミキは女優としても秀逸である。必ずスターに成ることができるだろう。