魅入られて 4-4 未練 4-5 蠱惑

4節 未練

 私に「これ以上ない」ほどの 仕打ちを遺したアキ、アカネ、ミキの三人。彼女たちの、その気持ちは今もわからない。おそらくこの苦しみは、殺されるよりも苦しいに違いない。でもまだ、私の心の底には愛情がくすぶり、煙を上げている。三人が蛇ウイルスのターゲットになっているとレイに聞いて、なんとかして警告のための連絡を取りたいと思った。

 

 三人に憑いている蛇ウイルスの狙いは何だろう。それは私の先祖への恨みを「私」に報復することだろうか? レイと同じように、喜びと悲しみの「感情の差」だろうか。

 3人とその家族の素性は何だろう。レイの言うことが正しいならば、三人は染色体改変人間である。家族についての情報は絶無だが、まさか問い合わせるワケにもいくまい。

 そんなことを本人のインスタなんかでうっかり訊いたら、通報か暗殺されてしまう。おっと、そりゃ大袈裟かな…

 

 ああ、情けないことになったな、と思いながら、もう数か月も使っていないユリのラインを「友だち」「非表示」リストから引っ張りだした。

 

 「ユリ、ひさしぶり」 そんな軽くないか…

 「ユリ、いろいろ余計な事しゃべってくれたなぁ」 これじゃまるで脅迫だ。

 「ユリ、元気? ちょっとミキのこと教えてほしいんだけど、時間ある?」 却下…

 

 …というのも、事情聴取の過程で、ユリがアキたちのでっち上げの証言を重ねて補足証言するような役割を果たしていたことが分かってきたからでもある。

 かといって、

「このお喋りオンナがっ!」

とノノシルこともできない立場である。

 

 ラインの文面を考えつつ、こんなに困ったことはなかった。

 

 ためらった末、結局送信することができなかった。今までの経過からみて、ミキたち自体が蛇ウイルスのなんらかの企てを知り、加担している可能性も大きい。私の嫌疑の件も、一族の憎しみと代理ミュンヒハウゼンの合作だと考えられなくもない。

 

 そもそもユリの実体も判ってないじゃないか。

 

 ちなみに…ミュンヒハウゼンとは、自分を標的にして傷付けたり、多量の薬を飲んだりして周囲の同情や関心を引こうとする行為のことである。その標的が「自分」ではなく、「自分に近い者」である場合には、「代理ミュンヒハウゼン」と表現するのだ。

 そうだなぁ… 蔭では自分の子供に汚物を注射し病状を悪化させつつも、その子供を熱心に看病する姿を見せて同情を引いたりたりするのが「代理ミュンヒハウゼン」の例にあたるだろう。

 

 一度ミキのことをレイに訊ねてみたが、

『普通に楽しく暮らしているみたいよ』

と答えただけで、あとは話を逸らされてしまった。

 あくまでも想像だが、蛇ウイルスはこの状況を喜んでいるに違いない。

 

 まるで行きずりの狂犬に咬まれたようなものだ。仕方ない、もう忘れよう。忘れて新しくやりなおそう。

 私の真のパートナーは、一番苦しい今を、しっかり支えてくれている嫁どのだ。

 

 

5節 蠱惑(こわく)

 

 …などと誓いを新たにしながらも…

 

 レイの胸は実に見事で、言っちゃアレだけど世界最高だと思う。ハリ、色ツヤ、柔らかさ、ちょっと威張っている誇り高い小さな乳首の反応など、私を夢中にさせる蠱惑的な魔力を帯びる。こんなこと言うと、まるでレイに手を出してしまってるみたいであるが…

 

 実はそのとおりなのだ。

 

 それを非難する前に、冷静に考えてほしい、レイの存在を。

 レイは生徒ではないし、人間でもないし、そもそも実体がない。おまけに私はとっくにレイの奴隷なのだ。

 感染されている以上、私はレイに生殺与奪(せいさいよだつ)を委ねるしかなく、レイのあどけないクチビルや美しい背中のラインや見事過ぎる曲線で縁取られた豊かでこのうえなくやわらかな「胸」に奉仕するのが奴隷として当然の努めなのだ。

 

 レイは私の脳の好みを熟知しており、レイが私に好意を持つ限り、私の憧れの反映を見せてくれるのだろう。それにそしてそれは女性がらみで免職になるかもしれない私にとっては、嬉しすぎるノルマとしか言いようがない。

 

 ああ、私って意外とエッチだったなぁ…

 

 今は、理不尽な犯罪者だった御先祖様に感謝申し上げるしかあるまい… 変な感じだけど、私としては。

 

 多少気になるのは、その際の私の姿とふるまいではあるが、人前ではないから…まあ良しとしよう。

 

 不思議なのは、レイには実体がないはずなのに、温もりや触感がおぼろげにあることだ。脳にも感染したレイが、私の脳の感覚野を刺激しているのだろうか。だとするとレイは愛撫を受けながらも、なかなか忙しい気遣いをしていることになる。この辺どこがどうなっているのかわからないが、レイが望んでくれていることだし、しばらく黙って言いなりになっていようと思う。

 

 かと言って不満が無いワケではない。私の創造力が欠落しているのか、下半身があやふやで、なんとなく困る。絶対に妊娠する気遣いはないが、どんなものだろう。悩みとしては贅沢過ぎる気もするが、そこはそれ、大人の叡智とかユメユメとかで何とかするしかあるまい。

 

 もう一つのためらい、それは「これは浮気なのか」という命題。くどいようだがレイには実体がなく、子供が産まれたり財産分与したりすることはないが、私の「肉体の愛情」はレイが独占していることになる。

 別の表現をすれば、レイは私の脳の産物だが、感情も行動もレイの支配下にあるという関係なのだ。つきつめると、ユメユメのエロ動画を見ながら自家ドリームするのと大差は無い気がする。これは浮気ではない、と私は定義して、毎日を過ごしている。

 

 ただ… この至福とも言える生活に変化が訪れかけていた。こころなしか、レイの元気がなくなってきたような気がするのだ。

 

 今朝はとびきり早くレイが出てきた。なにか思い悩んでいるようだ。案の定、

『悪いお知らせよ』

と切り出してきた。どう連絡を取ったのか、昨日レイの分身から調査報告があったという。

 

 レイの説明はこうだ。

 

 私の五代前の御先祖は「信元(のぶもと)」という名前らしい。信元はあろうことか行きずりのレイの美貌に目をつけ、付け回し、人目のないところで襲い犯し慰んだ挙句、殺して埋めた。おかげで私は今レイに感染され、現に復讐されつつあり、今後も復讐を加算されかねない立場にある。

 

 さらに信元は、のちに某地方中都市に出て、「区画整理事業」に関わり、その一環として、住民の反対を押し切り、小さいながらも由緒ある蛇塚を壊して区画整理を実現したらしい。今回の騒動で片鱗を見せたこの蛇(ギンとアオ)の一族は、抗戦を決意しながらも効果的な策を打ち出せないままに敗退、多数の犠牲蛇を出した挙句唯一の拠り所さえも失ったのだった。この蛇の縁者を、ここでは「蛇塚一族」という名で表記していきたい。

 信元は周囲の反対を強引かつ陰険に押し切って事業を進め、しこたま儲けた金で某悪辣政治家を応援したというが、詳しいことはわからない。

 

 蛇塚一族は復讐を固く決意し、相応の科学力を身に着けながら復讐の準備を進めてきたという。どんな手段かはわからないが、蛇塚一族の意に叶う者を大日本帝国陸軍や製薬会社の要職や研究職につけていったようだ。

 かの悪名高い満州七三一部隊、そしてその流れを汲む戦後の製薬会社にも関係者がいたらしい。ヒトと蛇がどんな方法で優秀な子供を募り、蛇塚一族として洗脳教育したのだろうか。何らかの利を与えてそそのかしたり、危害を示唆して脅したりしたのかもしれない。

 

 そして…

 学会に報告こそされていないものの、実は一九八二年には既に最初の原始的実験的染色体改変人間を生み出していたのだという。ガードンによるアフリカツメガエルの発生の初期化実験が一九七五年、クローン羊のドリーが一九九七年だから、まさに恐るべき科学力である。

 

 ミキの出自である蛇塚一族の狙いは何か。それは私の先祖への恨みを私と私の家族や親戚に報復すること。同時に「蛇塚一族の意思を人間界で具現する人間」を人間界に配置することだった。

 

 ミキとミキの家族の素性は何だろう。レイの言うことが正しいならば、ミキは染色体改変人間であり、アキとアカネとは姉妹のような関係にある。家族については情報が無く、正体はわからない。ただ蛇塚一族と極めて深い関係にあり、もしかしたら「蛇塚一族の意思を人間界で具現する人間」を養成している家族なのかも知れない。あの美貌と器量ならば、色仕掛けでも美人局(つつもたせ)でも何でもイケるだろう。

 

 これは全くの推測に過ぎないが、いつからか復讐だけではつまらないと考えた蛇塚一族の首領、指導者ならぬ指導蛇(しどうじゃ)が居たのだろう。そしてその意思と計画に基づいて「人間界に影響力を行使できる存在」を人間界に配置するようになったのだろう。いわば「影の蛇塚一族の利益代表」、スリーパーである。こうしておけば意に沿わない工事や建設を未然に妨害することができるし、逆に何らかの利を誘導することもできる。いわゆる「族議員」が今も実践する手口である。

 

『今ではこっちが主力で、復讐なんて半ば忘れられてたみたいね』とレイは言った。

『人間が気付かないうちに相当数のシンパとかエージェントが活動してるみたいだよ』

とレイは笑ったが、私には笑えなかった。おそらくそういうシンパに私は発見されていたのではないか…

 

 仇発見の報告に、さっそく数人のエージェントが動いたのだろう。

 

「それが私の異動…なんだね」

『ふふふ、よくわかったわね』

おそらくは、県教育委員会か快晴高校または時雨高校長あたりにそういう立場の蛇族が居たに違いあるまい。

 

あっ、快晴高校の校長は、たしか…長澤

黒縞アキ、朽縄アカネ、青島ミキ、長野ユリ

みんながみんな、長いだの、シマだの、縄だの… ええええ、そんなことって!?

 

 そういうことか… だからヤツは私をどうしても異動させたかったのか…

 

「わかるさ、ひどいな… バカにすんなよ…」 

そんな思いもあって、と私はむくれた。

 

『うふ…ごめんね。ねぇアキとは結局キスとかフィジカルな接触はなかったよね?』

「そだね」

『で、途中でアカネと交代かな』

「アキが嫌ったか、もし触るか服でも脱がせるかしたらさ、チクる計画だったかもね」

『アキはさ、結構早い時期に抜けてたよね。でもアカネともその頃は何もないわね』

 

「なるほどな。アカネは、途中で親バレしとるぞ」

『それわからないね。もう絶対ヤッタでしょ…ってカマかけられたかな?』

「やってないんだな、これが。ちょっとやりたかったよ、かなり」

『もぉ… 幾つ股掛ける気なの?』

 

「アカネは時間かかり過ぎて御役御免か。それか嫌気が差したとか、私を庇ってくれたのかもな。あの娘はきっと庇ってくれたと思うな、あのときはね」 

『妙に自信あるんだね』

「アカネはね、九月に『先生を守った…攻撃しなかったよ』って言ってくれたんだ」

『へえ…そして代打ミキ。フィジカル(接触)の最初はできたけど、そこまでね』

「あの状況で最後までイケる奴がいたらむしろ凄い。誘惑されても、そんな度胸ないよ… ふたりぼっちだったならなぁ… はぁ…」

『まあまあ…落ち着いて』

「おーまいがっ! だからみんなで、か…」

 

『ねえ。ぼーっとしたって言ってたよね』

「あああっ、もしかして睡眠薬とか? なかなかの推理だな」

『可能性無くはないでしょ?』

「そこまでするかって普通思うよね… 実は確実な証拠握ってるんだけどね、今更出せないだけなんだなぁ… 脳に書いてない? サリドマイドって…」

『あ、そうだったね。普通じゃなかったんだっけ… そこで振り払えって、説教されてたよね、教育委員会で… アレはどうみても無理だわ』

 

「正直アキもアカネもミキも魅力的過ぎるなんだよ。十人が十人無理だわ、てめぇら振り払ってみろって」

『まぁ…オンナ冥利に尽きるわね。あたし…もうじきお餅コゲルわ』

「あああ、普通の関係で会いたかったな、三人と。グチだけどさ」

『テンテ、普通でそんなモテル訳ないじゃん』

「もっともだワン。三人共たまたま時雨高校にいた染色体改変人間だったんだね」

『まんまとハメられたのね、テンテ』

「まんまんハメたかったよ… って、下ネタじゃねえか… レイ、言わせんなよ」

『うふふ… もうダメよ… テンテはレイのもの』

「あ、そうだレイ、今度分身さんと直接話したいけどさ、紹介してよ、ね」

『うん、わかった。 あ、でも浮気はダメだからね』

「するもんか… ひどい目にあったばかりだ それにレイ、わかるだろ?」

 

『テンテ、ちょっと可哀想…』

レイは片目を瞑ってみせた。横顔が壮絶に可愛くて思わず抱き寄せた。

レイは… されるがままだった。

 

『レイもね、ストレス溜まっちゃったの』

レイは両目を瞑ってしまった。

半開きのクチビルが、こちらをむいて誘っていた。