魅入られて 4-7節 首領 4-8節 改良

7節 首領

 

 指導蛇キンの全盛期に、世は明治維新を迎えている。キンは知性的かつ理性的で、その割に性格は攻撃的だった。キンが率いる蛇一族は集団での狩りにも熟達し、全体として豊かな生活ができるようになってきた。

 

 ここでキンが考えたのが、人間界への進出である。

世の中は軍国主義的な雰囲気がみなぎり、景気の良さにも後押しされて開拓や開発が盛んになった。そんな中で「蛇塚」が無事でいられるワケがないと思い至り、自分たちの利益代表を人間界に置いておく必要性を読んだのである。

 

 キン達の結論はこうだ。目的は蛇塚の保全と蛇族の繁栄である。

 

① 当面人間の一部に蛇塚一族から便宜を供与し、蛇族の意思を代表させること。

② 科学技術分野に①の人材の一部を送り込み、④製作の研究に当たらせること

③ ヒトの一部の秀才を選抜・教育・洗脳し、やがて①②の人間に交代させること

④ 将来蛇族の精神を持つヒト型の混血雑種を開発して、蛇族の保全と繁栄を図ること

 

 この驚くべき長期計画は、抜群の先見性と先読みの知性の成果と言うべきものだ。統率の才能にも長けたキンは、才能が有りそうな子を見つけては、田舎道や夜の灯りの下で教育を始めた。最も困難だったのは、意思疎通、特に蛇から人への情報伝達の方法だった。

 

 ここで採用された方法が驚異的だった。それがテレパシー(telepathy)だったのである。

 

 テレパシーとは、超心理学の用語と言える。言語や文字、視聴覚などには頼らずに、自分と相手の間で直接意思や感情を伝達する能力を指す。SFでは「精神感応」と訳されることがある。

 キンの一族は、相手になるヒトを見ながら意思を伝えたので、最も近い表現をすると、「見て、理解しあう」という状態の交流であった。もしこの交流を見ていたヒトがいたとしたら、子供が蛇に「魅入られて」いる状態だと思ったことだろう。

 

 まずテレパスの才能がありそうな「観察力の鋭い聡い子」を選ぶことに始まり、はじめは敵意のない挨拶、そのうちに楽しい気持ちを伝え、慣れてきたところでおとぎばなし、つぎには伝記という順序で子供の興味を鷲摑みにする。やがては腹心の蛇たちが子供たちの教育と洗脳を引き継ぐのだ。

 

 この子たちが社会に巣立つと、腹心の蛇たちがマネージャ的な手下になっていくのだ。優秀なこの子たちは、五年も立てば地位もでき影響力を発揮するだろう。

 

 一方で③ の「ヒトの一部の秀才を選抜・教育・洗脳し、やがて①②の人間に交代させる」ことは危ない橋でもある。戦死や流行り病、不慮の事故でなくなった人の子が優秀であれば、そのあと①を動員し、蛇族で生活の便宜をはかったりもした。④だけはまだ手をつけることができなかった。

 

 しかし… このキンの恐るべき計画は道半ばで挫折することになった。キンが読んだ通りのことが、もっと早い時期に現実に起きてしまったのだ。

 それが… 高山信元、つまり私の三代前の先祖の出現だった。キンの計画はまだ緒について十年ほどしかたっておらず、実際に自治体に影響力のある蛇族代表はなんとか二人居ただけだった。

 

 為し得る限りの抵抗を試みたものの、鉄道建設のためもあって結局蛇塚は壊され、区画整理されてしまった。中途の争いで少なからぬ蛇族が死傷して、拠り所を失った蛇族の怨念だけが遺った。キンは悔しがったが、ヒトの民主主義と機械力には対抗する術がなかった。

 

 止むを得ず、比較的近い場所にあった某稲荷神社とその近辺の山に本拠地を移し、体制の立て直しを図ったのであった。その裏に、霊験あらたかとされ地域で厚く信仰されている稲荷神社ならば、今後も移転の対象にはなるまい、という冷静な判断があったはずだ。

 しかし万一の警戒と利益誘導の立場から、相変わらず「蛇塚一族の意思を人間界で具現する人間」を送り込む計画は続いていた。残念ながら造反する分子もいないワケではなかった。父祖の地を守り続けるのが当然の義務であると考える主にアオの子孫の一部とは、結局は訣別せざるをえなかった。彼らは未だに電車の力を借りながら、人間界への復讐を果たし続けているそうな…

 

 キンが惜しまれながらも世を去ったあと、若くして束ねになったのが指導蛇ミドリである。そして、このミドリの世代でまたまた運命は急変するのである。

 

 1945年7月、ミドリの母の体内の生殖細胞、つまり卵細胞の源に劣化ウラン爆弾の洗礼が浴びせられた。まもなく太平洋戦争は終わったが、ミドリは放射線やDDTの催奇形性の影響を強く受けたらしい。身体内部の奇形はあったが、大脳が大きく発達して明晰を極め、テレパシーにも長じていた。会えば力量を見抜き、テレパシーで意思交換をして信頼を勝ち得ることができた、いわば突然変異体だったのだ。ミドリは抜群の能力と器量を持って、生後僅か5年ほどで首領に地位に推されたのである。

 

 先代のキンが陸海軍や一流会社に送り込んだ人材の能力もまた、尋常でなかった。彼らは次の世でもメジャーで生き抜くことができた。一部は食品、工業、化粧品、医薬などの分野に研究職として残り、本来の職務の他に「④ヒト型の混血雑種の製作」にも尽力した。その陰にはミドリの少なからぬ指導と援助があった。

 

 イギリスのガードンによるアフリカツメガエルの発生の初期化実験成功は一九七五年だが、某医薬品メーカーの実験室の片隅においてアカハライモリで同様な実験に成功したのが一九六七年。次いでハツカネズミを使ったクローンの製作に成功したのが、一九七四年。ここからヒトのクローンが基本的に完成するまでに五年を要している。

 

 並行してヘビとヒトの雑種(ハイブリッド)染色体の基本技術ができたのが一九八〇年で、この年のうちに実用化することを決議し、ついに一九八一年、代理母への受胎が行われた。この赤ちゃんが誕生したのが一九八二年である。クローン羊のドリーが一九九七年のことだから、いかに高い技術をもっていたかを窺い知ることができるだろう。

  

8節 改良

 

 以前にも述べたように、同じ「哺乳綱食肉目ネコ科ヒョウ属」のライオンとトラ(タイガー)は、繁殖期も生活様式も異なり、通常交尾はしないため雑種ができることはない。インドの一部では生息地域が重なっていたが、それでも雑種ができることはなかった。しかし人為的に交雑すれば、一応「ライガー」などの雑種はできる。しかしライガー同士では次世代を作ることができない。同じ属でも、雑種とはこんなに難しいものなのだ。

 

 ましてや、ヒトは哺乳類(哺乳綱)だが蛇は爬虫類(爬虫綱)であり、分類段階で言うならば、異綱交配(爬虫綱と哺乳綱)に相当するワケで、ヒトとヘビの雑種などは不可能、そもそも繁殖形態の異なる動物の交尾はどうすんの…? ってなもんで…

 

 絶対に生殖不可能、子供も生まれるはずのない組み合わせである。百歩… いや万歩譲って、もし生まれたとしても、その子がヒト型でなければヒトの世界に棲むことはできない。

 

 そこに登場し、急速な発展を遂げたのが「遺伝子工学」だった。

 

 ミドリ率いる蛇一族は、これらの技術をいち早くマスターし、人間界に先駆けて遺伝子を操作した「ヘビとヒトのハイブリッド細胞」を胎児にまで育て上げることに成功したのである。書けば簡単だが… これは画期的な技術革新、ブレークスルーだった。 

 

 しかし… 実際にはここからがさらに難関であった。ここまでは、とりあえず命を持って生まれ、ほどほど育ってくれればよいレベルでの研究である。ここから先は、蛇族の特徴を「内面だけ」に遺しつつ、知性と外見はヒトと同じものを再現しなければならないのだ。

・そのために必要な遺伝子はどれか? 

・逆に除くべき遺伝子はどれか? 

・遺伝子同士で互いに働きあっているものはどれとどれなのか?

 

 たとえば、身体のおおまかな体制を決める遺伝子だけでも既知のものだけでも何十種類かが存在する。未受精卵の段階でも、すでに母性効果遺伝子のビコイドRNAやナノスRNAが細胞質に含まれている。これらの遺伝子がタンパク質を合成して身体の前後を決めたあと、GPSの順に、すなわちギャップ遺伝子→ペアルール遺伝子→セグメントポラリティ遺伝子の順に発動して、身体のどの部分に何を作るかが決められていくのである。同じ遺伝子でも条件が違うと作用がまるで異なるケースもあった。

 

 外からわかる特徴だけでも、舌先が割れている、鼻がとがっていない、アゴの関節が外れやすい、目の瞬膜が膜として常に張られている、皮膚の一部にウロコが遺る、手足の発達が不十分、立って歩けない、知性が発達しない、コトバを覚えないなど、さまざまな欠陥が見つかった。症状が重度ならば、使い物にならないのは明らかである。

 

 身体の内部も簡単ではない。蛇の細長い身体に、左右対称の内臓を配置することはできない。左右の腎臓などは前後にズラして配置され、肺に至ってはほぼ右肺だけで、左肺はほんの小さく存在するに過ぎないのだ。ハイブリッド赤ちゃん誕生のたびに選別がなされ、必要な遺伝子、削除すべき遺伝子が検討され、次の実験が繰り返されてきた。

 

 失敗作の赤ちゃんは、多くの場合その場で用済みとなる。これが普通なら始末に困る厄介なものだが、こうした研究者の後ろには蛇塚一族のアドバイザーが腹を空かせて待っている。死体の処理だけは、何の懸念もなかった。中には早く寄越せと督促するアドバイザーもいたというから、研究者たちも失敗を恐れず、実験に没頭できたに違いない。

 

 研究は「解けない数式のように」困難を極めたが、個々の、また一連の課題を解決していった主な功績は、ミドリの頭脳にあった。

 

 西暦一九九九年を境にするように、ようやくまともな雑種(ハイブリッド)赤ちゃんが安定して誕生するようになってきた。ミキやアキやアカネはこのあと生まれてきた、ある意味「改良型」の染色体改造人間だったのだ。

 

 一方で高山信元の子孫捜しが続いていた。信元はレイを犯し、殺してから蛇塚整理計画を主導し、大きな利を得た。そのカネを使って某悪徳政治家を支援し、その見返りとしてまた暴利を得た。その次は中国東北部いわゆる満州に向かい、日露戦争の勝利に付け込んで商売し巨利を積んだが、商売上のライバルの策にかかり、失意のうちに客死している。そこまでわかっていて次の子孫が追えなかったのは、残った妻子が夜逃げ同然に行方を晦ましたからであった。名を変え、仕事も変えて内地、つまり日本本土に戻ったに違いない。

 

 レイが指摘したように、しばらくは仇よりも本拠地を確保し、人間界にスリーパーを送る工作や教育に没頭したのだろう。

 しかしインターネットの発達で苗字や人名の検索が容易になり、何らかの情報等が刺激になって敵討ちを再開したのではないだろうか。例えば苗字からFB(フェイスブック)を検索し、候補を見つけたら出身地や履歴を調査する。そんな方法で私を発見したに違いない。以前書いたように、私はささやかにFBを利用していたから… これが失敗だったかなぁ…

 

 コイツが子孫だ、となればあとは、

トラップ→公開処刑

という流れに持っていけばよいのだ。たいていの男は可愛いJKを差し向け、美人局(つつもたせ)のような仕掛けを作れば、いとも簡単に落とすことができる。男はモテたいのだ。ついさっきまで私に説教している県庁の教育委員会方々でさえも、誰も見てない、知らない…という状況さえ作ってやれば、たやすくハナの下が地面に届く… そういうことなんだよ。

 

 それはそうと、仇が女性だったらどう陥(おとしい)れたのかにはかなり興味がある。やはりハイブリッド男性の色仕掛で迫るのかな。