5章 輪廻転生 1章 惜別  2節 方針

【中略】

 

5章 輪廻転生

 

1節 惜別

 

 愛の嵐のあと、レイも私も寝てしまったらしい。起きたら身体が冷え切っていた。

「う、寒み!」

『起きた? なんかこういうの、いいね』

すぐ近くにレイの顔があった。

「…だよね。レイ、すごいね、よく調べたなぁ… 逃げられる気がしないんだけど」

レイの肩に毛布を掛けながら私が言った。


『そうね、ふふふ』

「レイやレイの分身は大丈夫なの? そんなこと知ってしまって」

『もう乗りかかった何とやらね… でも気を付けるわ あ、テンテもね』

 

「レイ、蛇一族と手を組んだ話はもう本当に解消した?私を苦しませなくていいの?」

『もう百何年くらい昔の話でしょ? 追い詰める過程は楽しいけど、なんかもう気乗りしてないの』

なんか怪しい気もするが、あえて逆らってもどうなるものでもない。

 

「私には都合いいな。あああ、自宅待機中はさすがにヒマだなあ。そろそろ話し変えない?」

そういいながら、翌日もこの話が続いていた。

 

ところが翌々日になって、レイが言い出した。

『レイね、実はね… 昨日一族から連絡が来てさ、もう帰ってこいって言われたの』

「帰るってどこさ… トンネル?」

『うん… 離れたくはないけどね、仕方ないの。今度はタイプの人に感染したいわ』

「浮気だ浮気」

『じゃ… やっぱここに居てもいい? ちょっと気に入ってるの、これでも』

「喜ぶべき?」

『レイじゃダメかな』

「そんな… とっくに私の一部… いやレイの一部だよ」

『ほんと? ほんとかな? ちゅ してくれる』

「喜んで… させてください」

!!!

『ねえ、いまどこ触ったの』

「そういうことはいちいち言わないの」

『あ、揉んだ ねえ、揉んだでしょ?』

「ざんねん、撫でたんだよ」

『優しさがたりな~い!』

 

「とびきり優しく… なでるよ」

『あ_あ』

「もっとしたいな」

『い_い』

「してもいいよね」

『う_う』

「やめた方がいいの?」

『え_え』

「いまの気持ちは?」

『お_お』

「レイ、好きだよ ちゅ!」

 

『うれしい』

「そばにいてね、ずっとレイに魅入られていたいんだ」

『ねぇ、もしレイが居なくなったらどうする?』

「やだ、行かないでレイ 悲しいよ」

『テンテが仇とか、どうしても思えなくて。レイも悲しいよ、そしたら』

 

「レイを悲しくさせるのなら、仲良くなんかならなければ良かったかもな」

『そんなこと言わないで、帰れなくなっちゃうよ、星の…レイの王子様』

「ふふふ… 教養溢れとるなぁ

でもね、心から帰したくないんだ。悲しくてもう生きていけないかも」

『ホント?』

「レイにはわかるはず… 私の脳の中身を見てるくせに」

『うん、たいていはわかるよ、アキもミキもアカネも忘れられないこと、セナのこともかなり好きでしょ?』

「じゃあ、一番は誰だった?」

『やぁね… ふふふ、アタシも好きよ、テンテ』

 

 他人にはどんなにバカバカしく見えても、こんないいこと、やめられるもんじゃない。

 さらに次の日。いよいよ決心が固まったのか、開口一番でレイが言い出した。

 

『ねえ…離れたくはないけど… やっぱアタシあそこに帰るから送って』

「おかしいな… なんかニヤついてない?」

『コウモリさんも恋しくなったのよ』

「浮気だ… いやそっちが元サヤじゃ文句言えないな」

『ね、澤風峠へ送って、今から』

「おーまいがっ! ずいぶん急だけど、まあ仕方ないか」

『お願いね』

「悲しすぎだから運転中は話しかけないでね、寂しいし気が散るから、私」


 私は即座に腹を決め、クルマに乗りこんでアクセルをゆっくりと踏んだ。早朝でもあり、幸い道は空いていた。

 

 運転しつつ、オレは自身の数奇な運命を考えていた。それはレイもわかっていただろう。やっぱりレイとは離れたくないよ。レイには脳内快感麻薬垂れ流し状態だもん。

 

「着いたよ、わかってるだろ」

『うん… もう行かなくちゃね… もう来ちゃダメだよ』

「たぶんね」

『今度はほんとに… もう誰にも引っ掛かちゃだめよ… テンテ甘いんだから』

「そうだな… ねぇレイ、最後に1つだけ教えて。答えなくてもいいけど」

『うん… どうぞ』

 

「信元はもしかして…」

『な~に?』

「もしかして、レイを… レイの下半身を、生きたまま切断したんじゃないの?」

瞬時にレイの顔が青ざめた能面に変わった。

 

『…』

「… 子孫としてどうしても許せなくて… レイ、ごめんね、レイ、ごめんね、レイ…」

私は泣き崩れていた。

 

 しばらくしてから、震える小さな涙声が聞こえてきた。

『今さらそれを、それを… レイはね、レイはテンテに会えてシアワセ… だったよ』

 

 レイも私も、涙がぼたぼたと零れ落ちていた。

「ありがとう… ねぇ、私のことをどうしても良いんだよ。ほんとにいいの?」

『うん、もういいの』

「どうしても、行く?」

レイはただ肯いた。

 

「おーまいがっ! …わかった。じゃぁね… 大好きだったんだよ。だから…」

『あ、待って… 入り口まで送って、トンネルの』

霞む視界を振り払い、精一杯の明るさを装って私は答えた。

 

「はいはい、お嬢様」

エスコートって、なんか憧れてた』

「ははは、あんましたことないんだ。これで勘弁してね」

『へへ、コケなきゃいいわよ』

「久しぶりだね、この入り口の風」

『ここまで、で良いよ。ね… ありがと、テンテ!』

「わかった。じゃぁね、レイ…」

『なに、テンテ』

「レイ、ア… アイシテル」

『レイも… だよ』

 

 レイを後ろから抱き締めようとしたそのとき、レイが振り返って言った。

『あ、ちょっと、はいコレ。これね、レイの形見だと思って大切にしてね』

 

 レイに渡されたのは、白く小さく軽い塊だった。指の骨のようにも見えた。そのとき、まるで数頭のコウモリが飛び抜けたように風が舞い、一瞬でレイの姿が消えた。

 

「ありがと。ははは、レイ、最後に驚かすなよ… ありがとう、グッドラック!」

レイが手を振る姿が見えた気がした。

 

 私はどうにも表現できない感情に満たされ、笑いながら、涙を振りまきながら手を思い切り振っていた。

 

「ばいばい…」

くしゃくしゃな顔のまま、そう呟いてトンネルを後にした。

 

 エ、エンジンがかからない! なんてこともなく、無事にクルマは走り出した。

 

 

2節 方針

 

 こうして確かにレイを送ってきたはずなのだが…

でもなんか… 肩が妙に重いんだけどな。アタマの中の雑音がさっきより増えたみたいな。 

 実はレイの御家族様まで連れて帰ってるなんてオチはないよな、

まさかね…ははははは…

 

ア ア…?! 

お… おー マイ… マイっ

ちょっと ちょ っ… いし き が… 

 

 クルマを運転するテンテの意識を奪ってから、レイはそっとココロでつぶやいた。

 『バカね、テンテ…』

『さよならテンテ… でもね… 大好きだったよ…』

 

 コイツお人好し過ぎたから… でもちょっと可愛そうだったかな。

『テンテを悲しくさせるのなら、仲良くなんかならなければ良かった』

レイのココロの中にも、得体の知れない空白が広がってきた。

 

『たしかに… ついさっきまで大切なものは見えてなかった… けど仕方ないの』

まるで言い訳するように。

 

『テンテはレイたちの秘密を熟知してしまったから… レイはウイルスだからね』

 

 気をとり直して、レイは運転に専念することにした。

テンテの左手を操り、テンテの目に溢れていた邪魔な液体をぬぐった。

『みんなお待たせ、ようこそここへ。もう自由にしていいのよ』

 

テンテの声帯を動かしてレイが家族に宣言した。

『もう仇は取ったわ。これからは闇の中だけでなく、新しい時代に合わせてどんどん… 』

 

 このテンテの身体を拠点にして人知れず周囲に感染しまくり、幽霊を信じ込ませながら勢力を広げることが、レイの一族の新方針として既に定められていたのである。

 

蛇ウイルスや新型コロナウイルスなどに負けるワケにはいかなかった。

                                  【完】

 

 ながらくこのSF小説におつきあいをいただいた多くの方々、

ほんとうにありがとうございました。

お読みいただいたブログへの「アクセス数」はそのまま私への御支援であろうと素直に受け止め、ずいぶん励ましていただきました。

 

 これを持って「完結」…といいたいところですが、

実は…完了したわけではありません。

 

 5章の直前、【中略】と入れた部分に、もう少々書きたい内容があるのです。

また心情的にも物語的にも、このままこの小説を終えたくはないのです。

 

 ただ… 「オトナの事情」で今後一月半ほど別のことに専念しなければならず、

新たな文章を創作する時間がないため、勝手ながらしばらく執筆を中断いたします。

ちょっと急いだ結論になった背景には、そんな苦渋の選択がありました。

 

 このSF小説について御意見御感想などあれば、コメント欄にどしどし御寄せください。毀誉褒貶さまざまにあろうかと思いますが、素直に受け止めようと考えています。

(そのまま公表はされない設定にしてあります)

 

 みなさまにお喜びいただけたようならば、時節を見計らって再開いいたします。

併せてお近くの小説好きな方々に、当ブログを御紹介いただければ望外の喜びです。

 

 ああ、そうでした… 

実は… 書き貯めておいたもうひとつ別の小説があるのです… って、番宣かっ?!

こちらは新たにブログを作って徐々に発表していこうかとも思っています。

準備でき次第、ブログURLをこの場でお知らせいたしますね。

 

 重ねて御礼申し上げます… いままで御支援ありがとうございました。

これからも… よろしくお願いいたします。

 

                  楠本 茶茶(くすもと さてぃ)