魅入られて 第1章 1節 序章 2節 異動

「魅入られて」                                           
                         楠本 茶茶(sat-tea) 著

◎ この小説に登場する団体・人物・生物・病原体等々は基本的に一切がフィクションであり、特定の団体・人物・生物等を指すものではありません。

 

【あらすじ】
 高山昇は高校の理科教師。不本意な転勤と酷い境遇で体調を崩す中、三人の優しい女子高生に出会い、SNSで交流を深め、精神的恋愛関係に至る。一度はバレたものの、さまざまな事情があって交際を止めることができず、ついには彼女たちが完全に主導権を握ることになる。理由は未成年という武器に「勝てなかった」からだ。
 ところが…なぜかある日唐突に、その三人が私を学校側に告発して免職寸前、今までの愛情の深さと急な手のひら返しに加えて、八方ふさがりの現実と思い描いた理想とのギャップに挟まれて悩み、真剣に自決を考えていた。
 そこに澤風峠で感染したという女性の霊体「レイ」が出現、彼女との対話から昇は三つのことを悟ることになる。

(ネタばれ防止のため中略)

 幾つもの魑魅魍魎的存在に魅入られている昇の運命を、童話「星の王子様」に出てくる『相手を悲しくさせるのなら、仲良くなんかならなければ良かった』という言葉をテーマにして描いていく。


【登場人物・今】

高山  昇 : 主人公、私。口癖は「おー まいがっ!」。ちなみに日本人。
高山 信元 : 昇の3

代前の先祖にあたる。

黒縞 アキ : 最初に昇に近づいた時雨高校の生徒。実は…
朽縄アカネ : つぎに昇に近づいた時雨高校の生徒。実は…
青縞 ミキ : 最後に昇に近づいた時雨高校の生徒。実は…
 (ミキは上の二人より1つ年上。

  休学の影響で同級生になっている)
長野 ユリ : アキ・アカネ・ミキの友人であり、この3人とはやや異なる…
ノゾミ、カナ、ミナ、ユメノ : 上の生徒とグループを作る同級生

レイ : 昇に感染しているウイルス様病原体。

【登場人物・昔】

みよ : 納屋で卒倒して亡くなった女
ユキ : 偶然みよの近くにいた大蛇。ユキの子孫は将来…

 


1章 一期一会
1節 序章

 今日も肩が重い。いや今朝はひときわ重い。もう少し寝てしまおうか。
それでもグダグダし続けて良いものだろうか。起きなくちゃ。布団の中で大きく伸びをした…
「ああ~ あっ」 途端に激痛、左足がツってしまった。
「いて、いて、いててっ!」…と、もがきながらの起床。

 

 おー まいがっ…


 おお、痛かった。そういえば、今朝は妙な夢を見た。半身裸で、髪の長いオンナ… こちらを見てうっすら笑っていた。
ミキ? いや違う、違う。

 そうだ、もう…ミキに会うことはできない。DM(ダイレクトメッセージ)もできない。それどころか、三日前からすでに見えない闘いが始まっていたんだっけ。
どうして、どうしてなの、アキ、アカネ、ミキ!?

 階下ではヨメ殿が朝食を作ってくれている。今日から事情聴取という難関だ。でも、まだ… ヨメ殿にこんなこと言えないな。

 

 不意にアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの小説「星の王子様」の中のコトバを思い出した。
『相手を悲しくさせるのなら、仲良くなんかならなければ良かった』
『大切なものは、目に見えない』
人生終わりかけの今になって、やっとこの言葉の意味を噛みしめるときがくるなんて…
気付いたら、ぼたぼたとこぼれる涙があった。

 そうだ、先に書いておこう。この仕事を三十余年もやってきて、こういう特殊なケースは初めてだった。あまりにも思いがけないことが重なり過ぎて… こんな目にあうヒトは世間広しと言えども私だけ…絶無だろう。

 

おー まいがっ…!


 宝くじの1等に当選するより珍しいのは間違いない。私はごく普通の、ありふれた人間であるに過ぎないのだ。
 お読みいただく方には、それだけはおわかりいただきたいと思っている。

 

2節 異動

 おー まいがっ…!

 もちろん、「Oh、my God!」の意味である。
わたくし高山 昇(たかやま のぼる)は日本人だが、いつの間にか英語ぶって驚くクセを身に付けてしまっていた。

 

「Oh、my God!」
英語の吹き替えとか翻訳文学とかでは
「おお、神よ」
と叫んだり諦めたりするのがデフォルトだが、もっと日常語的に訳すならば、
「こんちくしょう」
「やられた」
「しまった」
「そんなばかな」
「すげぇ」
「感動した」
…って小泉純一郎首相か? みたいな、驚きや感動を示す便利用語だと思っている。
 言っている本人ですら、この言葉を吐く瞬間に神を意識しているヒトなどいないのではないか?
それはそうとして、あの瞬間に戻らねばならない。

 

おー まいがっ…!
 異動が決まってしまった。精一杯拒んだのに… なのになんで今年は桜がちょうど良いのさ? もうあと数年で定年退職というのに、なんということをしてくれる?あの評判最悪、実際も最悪のバカ校長が…

 

 話しは今からおよそ一年前にさかのぼっている。


 失意のうちに異動が発表され、私は不満でいっぱいだった。これは単なるワガママというより、生徒との暗黙のルールなのだ。というのは、前任の快晴高等学校の二年生はそのまま三年生に持ち上げるのがお約束であり、ほとんどの場合担任も変わらない。つまり、二年三年は同じメンバーで受験に臨むわけであり、クラスの連帯感はひときわ強いのである。
 だから…せめてあと一年… この思いはのちのちまで尾を引き、私の行動に微妙な影を落とすことになる。

 

いよいよ離任式、私は大きく

『1 28√e 980』

と書いた模造紙を広げて、私の心境の「謎解き」を迫った。

 紙を折って上半分を隠してみると、【あるメッセージ】が浮かぶのだ、これ。
ポイントは、√とeの間を少し詰めること、9の上の丸の部分を大きめに書くことであるが…

 そう、これは愛着ある生徒さんたちへの心からのメッセージだったのだ。
そのあとのLHR(ロングホームルーム)では、恥も外聞もなく嗚咽してしまっていた。

 「あ、あのな… 父親にはこう言われたんだ…男が人前で泣いて良い場合ってのはな、     

 親と嫁が死んだときだけだってな… 

 でも…でも… 今日だけはみっともないけどな、勘弁してや…」
 

 放課になって、個人的に何人もの生徒さんが挨拶に来てくれた。中には握手を求めながら大粒の涙をぼろぼろと流してくれるヒトもいた… あの子も、このヒトも…
離任式って… とんでもなく悲しいけど、秀逸に美しいな 

 だけど…
これから書く事情でおそらく免職になる私が離任式を迎えることはもうないだろう。

 

 でも、もういいや。

ヤツラに魅入られてしまったのだから…

 

 そう、もういいのさ。
済んだことを思い悩むのは時間の浪費である。だから前を向いて進んでいこう。

今までが格別恵まれた楽しい人生だったワケじゃない。

むしろ、二度目の人生だと解釈して、楽しく暮らしてみようと思ってる。

 

 ふふふ、だからと言って落とし前を忘れたワケじゃないのさ。世間が忘れ…

おっと、あとはお楽しみ、言わぬが華(ハナ)というヤツでね…