魅入られて 1-7 発覚

7節 発覚


 九月下旬のある日、教頭がわざわざ触れるほどすぐ近くまでやってきて、小さな声で私に告げた。
『今手が空いてたらね、ちょっと応接室まで来てください。』

 

 おー まいがっ !

 きた、ついにきた…

 呼ばれた用件はすぐに見当がついた。やはりアカネの保護者だろう。夜の過激なライン、心配で送信したラインで親バレしたのに違いない。…とすると、ちょっとでは済まないだろう。

 少し前までの間、もうお互いが気になって仕方なかった文面だった。私はアカネの好意を確信できたし、アカネも恐らくは… でもだからこそ他人の前でそんなこと話したくはなかったからだ。長くしつこい尋問が始まった。

 

 驚いたことに、学校管理職はアカネの交友関係等いろいろなことを、全てではないがかなり詳細に知っていた。逆に言えば、情報提供は保護者であったことがわかる。相手は会話のスクリーンショットを持っていることをほのめかし、とても言い逃れなどできなかった。私が持て余すような質問が延々と続く。

 

 それでもなるべくのらりくらりと、相手の手の内を想像しながら、相手の知らないことまでうっかり漏らさないように注意しながら、アカネの体面とココロを傷つけないように気を遣いながら尋問に応じるしかなかった。あまり自分の身の危険は意識しなかった。

 なぜならば…確かにSNSに関するコンプライアンス(法令)を遵守してはいなかったが、親は別として完全に相手の同意があり、それでいて具体的な接触行為は何一つなかったからだ。

 

『ラインを始めたのはいつからですか?』
「夏休みの終わりごろです」
『それはどういうきっかけですか?』
「電話番号をユリの前で言う機会があり、それをアカネが聞いていたことだと思います」
『アカネさんと話すようになったきっかけは?』
「廊下です。世間話がきっかけでした」

 

『生徒と個人的にSNSで親しくすることについてどう思いますか?』
「趣旨はわかりますが、正直全面禁止は無理があります。でも公私は分けるべきでした。
 この程度なら相手の同意もあるし、さほど問題ではないと思っていました」

我ながらひどい言い訳だが、この際強弁するしかない。

 

『SNSの利用はコンプライアンス遵守に違反していますが、なぜ始めたのですか』
「申し訳ありません。自分もいろいろな事情で孤独感と精神不安定がありました。この際だから言ってしまいますが、今まで何度かクラス等のことで相談申し上げた諸 問題の根本はヒドすぎる人事だと思っています。こんなのいまだかつてない。そんなときに親身に話を聞いてくれる相手が現れ、思いがけず会話が弾んで楽しかったからですよ。管理職も他の教員も信じられない。他に自分を救う方法がないからです」

『それは… その… 一理ありますが…』

「ただ… 遠因であるとしても、直接の原因ではない。それは認めますよ。失礼、どうぞ続けてください。お互い仕事ですから」

 

『え…まあ。それでは… 抱き締めたことは? キスは? クルマに乗せたことは?』
「どれもありません」
『ほんとうですか? 見たというウワサも聞いていますが…』

 

 マジかよ、そんな良いことしてないぞ。
カマかけられてるかな…?

 

「ありません。ただ学校の駐車場で長話中に撮影され、SNSに流されたらしいですね」
これは、ウワサで聞きこんできたアキから注進を受けていた。

『クルマに乗せていたのですね』
「いいえ私は運転席、彼女は助手席のドアを開けた外の横にいました。」

 

『校外で会ったことは? 校内では?』
「ありません。校内で二人になったのは…二階の共通履修室で人生相談はしたことがありますな」
『放課後に私的によび出したことは?』
「ありません。選択室の件は、呼ばれたからこちらで公共の場所を指定しました。準備室は良くないでしょ?」

 

『アカネの保護者の気持ちを考えたことはありますか? どんな気持ちでしょう?』
「申し訳ありません。ただ見られて困ることはしていません」

 

 ホントは… そんなときに机の下でアカネから足を絡ませてきたこともある。それを廊下から見たとしても、別に怪しまれない角度で敢えて実行してくるあざといアカネに驚きつつも、私も自分から外そうとはしなかったが…

 

 あのときアカネは… 彼女の過去のことについて問わず語りでしゃべり続けた。ラインやインスタグラムではなく、どうしても直接聞いてほしいのだと彼女は言った。

 

 そう… 彼女も幾つかのウワサの渦中の人間だった。彼女の場合は…

 

いや、やはりやめておこう。この場でも私から言うことはできない。約束したことだから。それが約束だから。不利になっても、そこは意地というものだ。

 

 ただ…そういう過去を乗り越えて今の自分の気持ちに正直に生きていきたいのだというアカネの気持ちはしっかり伝わってきた。

 そのために昇センセイの支えがほしいのだと、彼女は泣いていた。

 

 そんな相談を受けているときに相手を遠ざけるような態度や行動などできるもんか? 女性からの相談に、まともな答えを返すのは野暮天というものだ… それが常識だ。彼女たちは解決策を求めているワケではなく、共感を求めているからだ。

 

 それにこんな状況って… 男なら誰しも夢見ることではないだろうか。

 

言葉にしたら…
『ニュアンスしましょ』
…といったところだろうか。

 

 ただそれをこんなところで言ってみたところで、害にこそなれ何の役にも立ちはしないだけだ。

 

 カーテンを引いた応接室には、周囲の運動部の活動するざわめきが聞こえてくる。いちいち丁寧に答えながら、お役目柄この方々も大変だなぁ…と考えていた。
 言うなればラインだけの仲と言える関係だったから、さほどたいしたことにはなるまいと考えていた。自ら罪を重くするバカはいないだろう。ウソはついていないけれど、すべてを言ったかと言うと、それはそうでもない。そのへんは、まあそういうことで…

 

 無論二人のSNSは自粛するように求められた。結果的にはそれを素直に聞く二人、いやユリも含めて三人ではなかったのが、次の不幸の始まりだったのかもしれない。

 

 法的にも問題になることは何もしてはいなかった。私は清廉潔白…とまでは言えないが、有罪とまではいかない確信があった。


少なくとも、この段階では…