魅入られて 2-4 継続  2-5 処分

4節 継続

 

 十月上旬、あのあと教育委員会の沙汰を待つ間に修学旅行があった。

 

 学校にとってすでに「問題教員」だったのに、こういう引率はしっかり行かされた。ほんと行きたくないのにね… 

 体調管理に自信がない私は、海外とはいえまずます近めの台湾で良かったと、自分を納得させていた。これならいざとなれば泳いで帰れるし…

 

 いや、ムリだってば…

 

 そんなたわごとを言いたくなるくらいに… 実は過去の修学旅行では幾度も幾度もひどい目にあっていたからである。発熱、不眠、中耳炎手術、行く前からの肺炎で引率交代。黒歴史を挙げると、自分がみじめになってくる。

 

 私が修学旅行の間、彼女たちは京都への研修旅行に出かける。この間だけは、アカネの親の監視の目も届くまい。ラインはすでにマークされている。私はスマホの任意提出を拒否したけれど、アカネの親がその後どうしたかはわからないし、両者の協議の様子もわからない。


 だから… アカネのスマホに県教委のサイバーパトロールの目が届いているのか…その実証も兼ねて、インスタグラムのDMで連絡を取ってみることにした… 結構勇気は必要だ。ただし、名前だけはせめて仮名にしようか。

 アカネは「サキ」、ユリは「ミユキ」、アキは「チアキ」、私は「本来の名前」ではなく、「先生」でもなく、ブルーと名乗ることにした。仲立ちはユリが喜んで務めてくれた…というより、ユリを経由してアカネからの提案があったのだ。

 

 初日はこんな様子だった。
『ブルー、久しぶり 実はヒドイ腹痛なの』
「懐かしいな、大丈夫?」
『風邪もヒドイ』
「今カラカエレ」
『ヤダ』
「ジャ オトナシクネテロ」
『ヤダ オハナシスル』

 

「ハハハ、モノズキダナ」
『サキは物好きじゃなくて、大好き… なんてね』
「おーまいがっ! サンキュ。ホント良く寝て、はよ治せ… 祈ってる」
『ありがとう、でもこんな痛くて寝れない』
「ミユキと抱き合うのだ」
『ねむれなーい』

 

「じゃ、気持ちで傍に行くから… 好き おやすみ」
『やだ。チアキもミユキも寝てる サキ眠くないの』

 

「じゃ、ちょっとな。嬉しいけどね、甘えんぼちゃん」
『やった! 台湾ってお土産何?』
「なんだろ… 激臭い臭豆腐かな? 京都は?」
『え それ要らない! 京都は八つ橋か漬物(笑)?』

金閣の白砂、オタベの女の子」

『あ、浮気っ!』

「それ持ってきてくれる女の子」

『うっふん💛 待ってて』

「もちろん。こうかん!」

『ねえ』

「ん?」

「ひらがなさ、わざと?」

『わかった? するどい』

『ねぇ、おうちが恋しい ブルーが恋しい』

「隣で旅したいね、ずっと手を繋いでさ」
『絶対楽しいよね』
「同感」
『約束して』
「うん、いつかね。そう祈ってくる」
『どこで?』
「叶えてくれそうなとこ。さ、目を瞑って」
『寝たら夢に出てきてくれる?』
「かならず行くよ。今日はもうおやすみ」

『明日も連絡してね、待ってるから』
「ついついサキのこと考えちゃう」
『サキもブルーが好き おやすみ』
「おやすみ」

 

 また最終日には
『ねえ、隣にいたいね 切ない』
「うん、瞳に吸い込まれたい」
『ブルー おかしくなってる?』
「なんでサキ」
『たぶん二度と言われないもん』
「そうかも… だけどいつも念じてる」
『旅行終わりたくない。連絡したい』
「そうだよね、耐えられない」
『じきバス着くよ 気持ちはずっといっしょだよ』

 

 帰着後はユリも含めてそっとお土産の交換をした。

 

 そのほかにも、ユリに気付かれないよう彼女の背中越しに「紅色の装飾が付いた髪飾り」をプレゼントとして渡し、アカネからはアキアカネがデザインされたネクタイピンを受け取った。互いの好感を込めての交換だった。

 

 その後はおとなしくSNSを休止し、十月中旬には県庁で事情を説明するハメになった。正直、もう来たくないと思ったのだが…

 

 この事情聴取… もっともらしくアホらしい質問とテキトーだらけの答弁の攻防が続くのだが… まあ自粛しておこうかな、いまのところは…

 

 脳の中では… 

 「ここで謹厳な顔をして責めて来るオジサマたちぁ」

 「私と同じ状況になったら…同じ以上の行動するよね、きっと」

 「まあ90%の方々は【とっくに堕とされてる】だろうな…」

 「私はまだそこまで【堕ちてない】んだよね」

 そんなふうな答弁だから… さ。

実際のところ90%では済まないと確信している。闇は深い。

 

 ただし… 条件はある。

少なくともJKに嫌われてはいない、という条件が…。

 


5節 処分

 

 ユリは学校外に新しく恋人ができ、先日はお泊りしたらしい。アキもお熱い青春真っただ中であり、その分アカネが気の毒だった。すれ違うとき目を合わせて笑い合ったり、人目が少ないときには軽く指でタッチしてくることもあった。
 あるとき、始業ベルが鳴る寸前の渡り廊下を私が渡るとき…良い子たちも教室で待っている時刻だが… アカネとユリが急いで対向してきたことがあった。周囲に他の生徒もセンセイも居ない。目で見詰め合ってしまったのは致し方ないだろう。しかし次の瞬間、すれ違いざまにアカネが手を握ってきて… なんて大胆な… 私は驚いた。

 

 もっと驚いたのは反射的に私も握り返してしまっていたこと… である。

二人共に…その手を離すのが惜しくて、三秒ほど手つなぎになってしまった。あとあとのアカネの話では、そのあとユリは何も言わなかったが、ただただ笑い転げていたという。


 ま、そりゃそうだろうな、うん。

 

 

 この間はアカネとのSNS連絡はほぼなく、たまにユリやアキが伝書鳩のようにアカネのメッセージを伝えてきただけだった。アカネは寂しかっただろうけど、私もひたすら寂しかった。今度の聴取の収穫は、十月の修学旅行中のインスタDMが発覚していなかったことだった。ふたりとも関係の再開を願っていたが、迂闊に動くのはまだ危険だと思っていた。

 

 それに… 近頃の私はなぜかひどく怖がりになった気がする。以前までは平気だった暗闇とかが何となく苦手になってきていた。
 こういったJKたちとの関係とかも同様で、用心深くなってきてもいるし、もう離れなきゃ大変なことになるかもしれないと考えこむことが多くなってきたのだ。

 

 しかし… 実際の態度に表すことができなかった。だって、男の子なんだもん…
いや違った… 出ない幽霊に怯えるのは「科学的な態度」とは言えないからだ。そしてそういった怯えを遥かに上回る誘惑が楽しくて魅力的だったからでもある。容易く色気に負ける、その心持ちが、やっぱり男の子なんだよな… うん。そこは男性なら必ずわかっていただけるはずだ。

 自身でおかしい、おかしいと思いながらも、物事に怯えやすくなったことがどうしようもない現実として立ちはだかるようになってきていた。

 


 そんな私に… 十月下旬になって、ようやく教育委員会からお呼び出しがあり、処分がくだされた。

 おーまいがっ!
どうなるんだ、私は…

 そんな、たいしたことはならないはずだ… と考えながらも、ただでさえビビりがちになった私は極度に不安に陥ってい。

 

 結果は「文書戒告」だった。

ふう…


 しかも処分は非公表で前歴も残らないものとされ、事実上の無罪にほっと一息をついたものである。

 …というのは、ビビりながらもすでに二人の連絡は再開されはじめていたからだ。

 

 この数日前にアキとアカネとユリが生物準備室にやってきた。


 アキがかりんとうを食べ、ユリが私と部活業務の打ち合わせをしている間、アカネは私の文房具に可愛いグラフィティ(落書き)を描いていった。そのグラフィティを、私はインスタ垢のプロフィール写真にした。インスタ垢には、電話や過去のインスタでフォローしたヒト同士を勝手に「推し」て表示する機能があるらしい。私の垢をを目ざとく見つけたユリとアカネが私にDMを送り…

 それをきっかけに、再びDM(ダイレクトメッセージ)ごっこを始めてしまったのである。

 

 性懲りのない私であり、アカネであった。しかも当時はそれを愛情だと信じていた。