魅入られて 1-9 脅迫

9節 脅迫

 

 

『首領、二か月ぶりですね… 参りました』
《アカネ、たくさん、呼んだ。なぜ、来ない》
『ごめんなさい。言われた仕事…できなかったんです。ごめんなさい』

 

 首領は舌先でアカネの上アゴ奥にあるヤコブソン器官をまさぐっている。アカネは小さい声ながらも普通の日本語で話している。

 つまり… われわれから見たら、首領とアカネは何回もディープキスをしているようにしか見えない。昇センセイの視点から見たら… 嫉妬で悶絶するに違いない。


 しかし彼らは実に真剣なまなざしである。首領のコトバを他の者たちには聞くことができない。いわばナイショ話的に首領と会話をしているのである。


《一族、恨み、忘れた、か》

と首領が問い詰める。
『いいえ、ごめんなさい。親しさを演じているうちにホントに好きになってしまって』

そんなふうにアカネが弁明する。


《一族、仇、打て》
『首領、頑張ったけど、どうしてもキスとかワナとか無理だったよ。ゴメン』
《まだ今、罪、軽い。ダメ、許さん》


『デートはしたいけど機会が無いし、応じてくれない』
《工夫、する、のだ》
『ワナに掛けて罪をもっと重くなんて…できない、むり』

 

《ヤレ、言った、仕事》
『それに昇は直接関係ないよ、もういいにして!』
《たくさん、犠牲、恨み、ヤツに、お前、任務》
『だって、アキだって途中で抜けてるじゃん』
《仇、アカネ、夢中。今、ヤレ、落とせ》


『無理。仇うちとかムリ、できない。好きになっちゃたし、許して首領、お願い』
《アキ、抜けた、罪、罰、他、任務。

アカネ、好き、許さない》


『無理でも許してほしいです、首領。これ以上するならアタシが死にます』

《アカネ、本気、か、掟、知る》
『…』


《アカネ、家族、大切、判断。最後、応援、増加、アキ、落とせ、一族、掟》
『イヤだよ、アカネには大切な家族だし… センセイも大切なの』
《家族、アカネ、病気、苦痛、死。答え、ひとつ》
『ねえどうしても? だめ、家族には手を出さないで』

 

《仇、うて、殺す、ちがう、苦しむ、うらみ、つぐない》
『どうしても』
《どう、しても、だ》

『いや… いやっ… やだよ、できないよ』
《アカネ… もっと、近く》

 

 首領はさらに念入りにアカネのヤコブソン器官を刺激している。
『うっ…』

『えっ、そんな…』

 アカネはの顔色は暗い穴のなかではわからないが、声と表情に震えを帯びている。


『ひ、ひどい…うん… 他に選択肢は無いって… こと… ですか?』
『…』

 

 アカネの頬を涙が伝う… 一条、二条… それが連続した流れになる。

 その涙の川が渇きかけたころ、アカネが決前と表情を改めた。
『じゃ… はい、わかりました、アキにも伝えて…

 首領、それと、もう少し… もう少しだけ時間をください』


《機会、最後、アキ、アカネ、そしてミキ》
『三人で罠にかけるの?』
《細かく、判断、三人。来年、春、追放、仇。期間、冬眠。春、春》


『わ… わかりました。』
《命令、絶対。よいな、行け。》

 

 しばらくしてアカネがよろめきながら道路に出てきた。再び嗚咽が聞こえてきた。
 月明りの下でもわかるほどに、血の気を失った顔色だった。