魅入られて 2-9 断章

9節 断章

 

『そっか…』

 

 沈黙が続く。

 

『やっぱ…』

「やっぱ?』

『やっぱ、みんな脅されたんだね… やっぱやんなきゃダメなのよ』
『うん、でも…』

『でも… でも、家族に迷惑掛けられない。』

『え、でもアタシ彼氏いるし、そりゃかなり気に入ってだけどね、む・か・し・は…』
『アキはズルいよ、最初からの使命じゃん』
『そりゃ… 始めは面白かったし、好きだったけど… でもアカネだって喜んで引き継いだじゃん』


『まあまあ、そうやってうまくいってないから今日呼んだのよ。役割決めよ』
『さすがはミキだよ。でもさ、その役みんなやりたくないんでしょ。絶対恨み買うし』
『好きな人から、恨み買うし、でしょ?』

 ひとたび沈黙が破れると、言い合いが始まる。


 そしてまた沈黙が続く。

みんな言いたいことはあるのに、コトバにするのが億劫なのだ。

 

『だからぁ… 一人でやるのはイヤなんでしょ。ちゃんと分担しよ。』

『仕方ないか…』

『みんな心の中では結論が出てるんでしょ、ねっ?』

『うん』
『そだね、仕方ないよね』

 

『今の担当メインはアタシだから、アタシはキスして触ってもらう位までなら』
『あ、じゃあそれアタシも付き合うよ。あとはどうでも、キスはしてみたいな、ちょっと』
『アタシはそれの記録しなくちゃ。撮影しないと逃げられるかもよ』

『アキ、ズルいよ… でもそれも一理あるね。証拠を残さないと、ね』

 

『あ、あと万一拒否られて、逃げられらどうしようか』
『そうね、逃がさない作戦を立てた方がいいね。なんかアイデアある?』

『ああ、でもやっぱり思い切れない。どうしてもヤルしかないのかなぁ?』

『あ、そうだアカネ。アカネ頭とかお腹が痛くて眠れないこともあるって言ってたよね』
『うん、それが?』
『じゃ、お医者さん行ってさ。そう言ったらおクスリを…』

 

『えっ、なんて言うの』
『生理痛でいいじゃん。無敵だよ』
『15は過ぎてるから、ミン剤は処方してくれるわ』
『ミン剤?』

睡眠導入剤… ハルシオンとか、レンドルミンとかさ』

 

『じゃ、アンタが貰ってきてよ』
『アタシは… 何度もリスカしてるっ…ていうか』
『あはは、そうだったね』
『ある意味オナニーみたいなもんだから… 絶対貰えないよ、テッパン』
『なんで?』
『あのさ、自殺予備軍にくれると思う?』
『あっ、あ、そうか…』

 

『だからね… 生理痛がひどいし、気になることとかで眠れないことが多くからおクスリください…って』
『そんなのでくれる? それで何するの?』
『ヤツを逃がさないようにするのよ』
『ああなるほど、アタシは納得したわ。じゃもらってきて、任せたわよ、アカネ』
『ええ、アタシ?』
『あ、思い出した。そういうものは長老に言えばね、たぶんくれるよ。アタシ見たことある気がする』
『わかった、こんど長老のとこにいくヒトがさ、お願いしてもらってこようよ』

 

『あのさ、いまさらなんだけどさ…』

『なに、もう』

『なんでこんなことするの? ご先祖さまのうらみ?』

『そうだね、どうみても』

『わざわざお近づきになる必要なんてあるの?』

『そうしなきゃさ、セクハラみたいなことしなさそうじゃん、あのひと』

『でも、されたって言えばいいじゃん。されてないけど…』

『あのね、最高に喜ばせたシアワセの絶頂のあとさぁ』

『あ… うん』

『地獄の底に突き落とされたらさ、どんな気分かしら?』

『あああ、なるほどね』

『それが狙いらしいの、長老の… というか、我が一族の』

『でもさ、虐殺の仇とか塚を壊したりとか… 昇じゃないんだよ、ねぇ』

『それは… まあ、そうね』

『なにもここまでする必要ある? 昇死んじゃうかもよ、良いの?』

『まあまあ… そんな興奮しないで』

『だって… 昔過ぎるよ。私テレビで見たよ。前の戦争でさ、原爆落としたアメリカとだって、今は平和に仲良くつきあってるじゃん… 十万人単位で殺されてるのよ。

ねぇ、ちゃんと考えてよ』

『う… それはそうかもしれないけど…』

『でもね、人間は人間の考え方なのよ。アタシたちにはアタシたちのルールがあるの』

 

 

『ねえ、でもやっぱこんなの良くないよ』

嗚咽混じりのか細い声が、精一杯の抵抗を奏でている。


『まだ言ってるの? 家族は大事じゃないの? スゴイことになるよ』
『そう、大丈夫よ、殺すワケじゃないんだから』

『それを盛るのはアタシがやるよ。あんたは見てれば良いだけよ… 問題ないわ』

『もう… 諦めなさい。仕方ないの』

 

続けて同じ声は響いた。

 

『宿命なのよ、アタシたちの…』 

 

 

この日何度目の沈黙のメロディだろうか。

やがて決然とした声が静寂を破った。

『わかった』

 

しかし、その声を後悔するかのように、小さな声帯の振動が伝わった。

『ねえ、でも冬休みあたりにしない? どうせ長老はまもなく冬眠でしょ? お願い、このとおり』
『ははあ… 手加減するのを見られたくないんだ。』
『心の整理ってヤツ? わかったわ。アタシももう少しヤツに近づいておかなくちゃ』

『いいよ… 怒られるなら一緒に怒られてあげるよ、ね』

『そうね、姉妹だもんね、遺伝学上の…』

『ヘンな… とんでもない運命だね』

『それな』

『なんでこんなになっちゃたかなぁ?』

 

『ね、騒ぎが終わったら「夢の国」に行こ?』

『乗った!』

『行こ、ねぇ双子コーデ… 三姉妹コーデしてかない?』

『部活ジャージでさ、ワザとダサクしてくのもアリだね』

 

 彼女たちは…

 急ににぎやかに話しながら、彼女たちの心は「夢の国」には向かっていなかった。

 

 ≪裏切りは許さないよ≫

 ≪どうなるかわかってるよね≫

 

 みんなで交互に「紅色の装飾が付いた髪飾り」を弄びながら互いの目を見交わし、相手の心を読み合っていたのだった。