魅入られて 3-2 仲裁

2節 仲裁

 

 ここ3日ほど、なぜか誰とも連絡を取っていなかった。

 

 強いて言うなら、なんとなく不吉な気配を感じていたから… としか表現できない。

なぜか、連絡を取るのが怖い感情が先に立ち、夢中になれない醒めた自身を意識するようになってきたせいもある。

 彼女たちの親にバレるかもしれない。

 管理職にバレているかもしれない。

 県のサイバーパトロールにマークされているかもしれない。

 

 卒業したら、ゆっくりとお茶くらいは飲めるだろうし、しばらくは冬眠… いやいっそ真空冷凍パックにしてしまおうか…

 

 それに… まあ少なくとも褒められたことではないなというだけでなく、ミキからの連絡の内容に、なんとなく不穏な陰影を見た気がするからでもある。


 確かな根拠があるワケではない。ただ… かつての開放的な空気ではなく、装われた雰囲気であるかのような違和感というか疑問のようなものを抱くようになっていたのだろうか。

 そして、そんな雰囲気を察したミキも… そうしてお互いが知らず知らずのうちに自然に距離を取りあうようになっていたのかも知れない。


 それに… ミキが自転車置き場で誰かにコクられているらしい場面を目撃してしまったことも一因である。

 まあ、口惜しいけど、それも仕方のないことでもある。

 

 そんな十一月中旬過ぎ、準備室で昼食を摂ろうとしていると、ノックが聞こえた。

 見ればノゾミが廊下に立っている。いくぶん猫背気味で立ち姿に覇気がなく、悄然として見える。たぶん昼はまだ食べてはいない。…とすると、なにかあったかな?

 

 ノゾミはどちらかと言うと色白で小柄、一見豪快に見えるが、歩き方は内また気味に静かに歩く…じつは繊細な精神の持ち主だ。そしてこよなく「甘納豆」を好む娘である。

 

『失礼します 入っていいですか?』
「いつでもどうぞ、ひさびさだね」


『先生、聞いてください』
「もちろん… どしたん?」
『いまユリとミキとアタシがうまく行ってないの、知ってますか?』


「まい おーがっぁ!  いや、ぜんぜん… そういや最近はあの娘たちとも接点がなくてね、ごめん…」
『聞いてないんだ』
「聞くって誰に? ま、いいや、何があったの?」

 

『最初はささいなことだったんです。きっかけはノートの貸し借りで…』

ちょっと涙声が混じってきている。


「返さなかったとか?」
『いいえ、返し方が気に入らなかったみたいなんです』
「誰が?」
『ミキがユリに。あたしもそんなことあったから、ちょっとミキに味方しちゃったから…』
「ノゾミとユリも、ね」
『それだけじゃなくて、ミキとも…』


「え、なんでだろ?」

『余計なことしないでって… 味方がほしいワケじゃないからって…』

と本格的に涙ぐむ。


『ノゾミね、辛くて居場所がないから、昼休みここに居ても良いですか?』
「それはかまわんけど… 食べなくていいのか?」
『ええ』
「ま、せめて紅茶でも飲みなはれや」
わざとおどけて、紅茶を入れたマグカップを差し出した。

 

「思い切り吐き出していくさ。少しはすっきりするよ」


『うん… ありがと、先生』

一口飲んで、ちょっと余裕ができたようだ。

 

「じゃ、ミキとユリは?」

念のために訊いてみた。


『たぶん…ミキはアオイたちと、ユリは隣のクラスかも』
「アカネがいたら、また違ってただろうけどな」
『そうですね。何とかならないかな』

 

「こりゃ大変なことになったな」

『だから… ここに来てみたんです』

「ほう?」
『みんなが頼れて、話して、納得できるのって、先生しかいないでしょ?』

「そういうものか?」

『そうです。だから相談に…』

 ノゾミは呟くように話すと、大きくため息をついた。


「わかった、話は聴く。ただ、そのまえにメシを食うのだ。思い詰めるよりもさ、他人事みたいに思うほうが冷静になれるし、考えも浮かぶよ」

『え、でも…』

「だから思い詰めるなって』

『え、でもお弁当は教室に…』

「ほら、好きなのをどうぞ」

私はストックしてあったカップ麺コレクションを取り出しながら言った。


『え、いいんですか?』

「ああ、割り箸も甘納豆もあるさ』

『わぁぁ… じゃ、これを…』

ノゾミは海鮮とんこつ味を選んだ。


 お湯を入れ、三分待つ間に雑談をする。不思議なもので、こうするだけで心の余裕が出てくるのか、笑顔も混じるようになる。


 会話の隙間で、私も彼女の言い分を考えている。

 なるほど… たしかにそうかも知れない。それぞれ個性が強くて、言い出したら安易には妥協しない娘ばかりだ。私が彼女たちとSNSで連絡をとっているのは、仲間内では半ば公然のことでもあるだろう。私は、以前の某トラブルの最中にをノゾミともは連絡をとったこともあったし、それなりの人間関係と信頼関係は築けているはずだった。


 2人でなんとなくヘンテコな昼御飯を食べ、もう少し詳しく事情を聞いてから、私はこう言った。

 

「わかった。ちょっと動いてみようかな。でも期待しすぎないでよ」

『今より悪くはならないでしょ』

「おうおう毒舌だなぁ… いいさ、やってみるけど、ちょっと協力して」

『ありがとうございます… 丁寧に言ったからね、お願い、先生』

 

 結局ノゾミやユリを介してお互いの言い分を聞いたり、手紙や付箋でメッセージのやりとりをしたうえで、最後は関係者全員に準備室においでいただき、お互い涙の「ゴメンね大会」で当面の解決を見ることができた。

 

 事態収拾にはおよそ2週間を要した。

 

 終わってみればケロリとして抱き合ったり談笑したりしている。私は自分だけが置いていかれてポツンと佇んでいる疎外感を感じていた。もうじき雨が降りそうな臭いのする午後だった。

 

 夜になって、ミキからインスタを通じて連絡があった。この垢はユリなどの数人が知っている私の垢だった。

 

『センセイごめんね、ありがとう。ミキはセンセイを巻き込みたくなかったんだよ』
「ミキ、よく我慢したね。いいさ、ノゾミが言うことも無理はない」
『センセイはノゾミの味方?』
「なんで? 結局みんなで仲良くしてほしいからだよ。それがミキやみんなのため」

 

『ミキのこと、まだ思ってくれてる?』
「おーまいがっ! もちろん! うたがう?」
『ぜんぜん… あたしね』
「な~に?」
『親の監視と干渉がスゴイの。センセイ巻き込みたくなかったけど』


「えっ なんか不安」
『泳がされてるかな?』
「おサカナさん かわいいって?」
『そうじゃなくて…』


「どした?」

『センセイにまた迷惑かけることになってごめんね』
「ふふふ、きょうは疲れただろ… もうおやすみね」
『うん、おやすみなさい。大好き』
「おやすみでちゅ」

『ちゅ! ねえ…』

 

『あのね、眠ったらここに来てほしいの』
「うぉぉっ!  そうだ、今夜はミキがおいでよ」
『うん!!!』
「削除しといて、私もする」

 

 こうして… 途絶えかけていた連絡は、なし崩し的に復活することになった。

 もちろん嬉しさが勝ってはいたが、不安の重量もたやすく負けはしない質量に育っていた。

 いつかこの膨大な質量が「ブラックホール」に発展しないことを願う毎日が続いた。

 

 なにかがおかしい… 私はずいぶん臆病になったものだと、ぼんやり考えこむこともあった。