魅入られて 3-3 連日

3節 連日

 

 12月上旬、なんとか平穏を装った冬休みを迎えることができそうだった。しかしここまで使った教材の反省・手直しと3学期の教材準備は、なるべく完了させておきたかった。

 

 そんなことを知ってか知らずか、ミキは毎日のように準備室にやってくるようになってきた。友達の組み合わせは毎回変わったがユリ、アキ、ノゾミ、セナ、カナといったメンバーは、それぞれ私とも馴染みであった。そしてようやく病の癒えたアカネが学校に復帰して、私も安心することができた。

 

 ヒトに言えない困りごとは、ミキとアカネと私の距離関係である。

 集まった娘たちがすることは宿題、課題、ウワサ話にスマホの話題。それにも飽きるとそのまま居眠りを始める娘もいた。


 このメンバーのよく食べること! 私は自分のおやつ用として時にに駄菓子を隠し持っていたが、いつの間にかその隠し場所を覚えてしまっていた。安物の紅茶ティーバッグもあったから、時には御馳走することもあり、ちょっとしたサロンのようになっていた。そこに油断が無かったとは言えない。みんなで来るのだし、扉もカーテンも開いている。隣の理科室には、部活の生徒もしょっちゅう出入りするのだ。

 

 今日はミキとユリとカナでやってきた。

 

 珍しく3人とも話に夢中にならず何かに熱中している。
カナは借りてきたらしい本を難しい顔をして読み、ノートに記録している。
ミキはスマホで何か調べては熱心にメモをとっている。

 

『できたぁ、出しに行ってくるね』とユリ。
『え、あったっけ、そんなの?』
『ああ、昨日期限の課題だよ』
『うん、頑張ってね』とミキ。


『いまさら頑張っても期限遅れちゃあね』
『じゃかしいわ!』
『そ、まためちゃくちゃ言われるよ』
『は~い、じゃ、行ってきま~す』
とユリ。

 

『あ、アタシはトイレ行ってくるね』
とカナが宣言して出ていく。

 

 こうしてほんの一瞬… ミキと二人きりになったことがあった。

『へへへ、センセイ、ミキ昨日スタバ行ったの』
「ほう、何飲んだ?」
『今限定の、とっても美味しかった』
「飲み物? 高いだろ」


『うん、写真インスタにあげたから見て』
「なんでじゃ」
『すごく綺麗で、バエるの、見て!』

 

 私がスマホロックを解除するや、ミキが持ち逃げする。

 

プライバシバシいっぱいだから、
「こら、待て、返せ!」
と追いかける。

 

 仕掛けてきたのはミキだった。
追いかけたところに、ミキが振り向いて身体ごと飛び込んで来られたら避けようがない。かといって突き放すこともできはしない。急な展開に驚いているところに、上目使いでクチビルを突き出されたら…

 

 ある意味アリ地獄とも言える。甘美なアリジゴク…ミキのクチビルは熱くて柔らくて情熱的だった。見つかったら無論大変なことになることを知っていた。でもここで恥をかかせるワケにはいかないし、個人的には… 正直に言って離れたくもない。

 

 ためらって、ちょっとだけ抱き締めて、アタマを撫でてからそれでも静かに彼女を離した。

 そこまででもやりすぎ…
そこはそれ、そういうものだと思っていた。

 

 廊下の方から足音がした。

平常の顔に戻すのに苦労した。たぶん戻りきってはいなかったと思うが…

 

 夜になれば、インスタで会話が始まる。私もミキも互いのココロの隙間を懸命に埋めようとしていた。もうヨメ殿はとっくに就寝している。ミキの家族もそれぞれ寝室に入ったようだ。


 好きあった男女がフリートークする行方は… だいたい想像がつくだろう。


 どちらが誘ったとか主導的だったとか、今となっては詮索したり反論したりしても仕方がないことである。私はオトナで、相手は未成年。

 

 私「に」抱きついたとしても、私「が」抱き締めたとしても、結局同じ解釈が適用されるのだ。ただ私だって彼女のことを気に入っていたし、切なかったし、嬉しかった。アキのこともアカネのことも忘れたワケではなく、変わらず好きだった。ただ、何ともしようがなかったのだ。

 

 私は名前どおりに、天に昇れるほど舞い上がっていたし、嬉しくて高揚もしていた。それは認めよう。


 しかし高さ100mの手すりのないビルから直下を見下ろすような不安感も感じていた。
 

 それは… 一度でもこういうことがあると、それは自分の弱みになるということだ。

 

 おー まい がっ!
 
 これは考えても見なかった難題である。


 つまり… こういうことは男性から仕掛けるものであって… 

 

 自分で宣言するのも口惜しいことだが、私はイケメンの部類ではない。カッコ良くもないし、スポーツはどちらかと言うと… いや絶対的に敬遠したいタイプである。集団競技だの、球技だのはハッキリとキライだ。応援して楽しむようなおおらかさはないし、楽しんでいるフリをする偽善性も備えてはいない。仕方なく差し障りのない程度におつきあいでそんなフリをしていただけだ。そういう意味で、女性にモテるタイプの人間とは対極…とは言わないまでも相当遠いところにいる人間である。

 なにが言いたいのかと言えば…女性側から口説かれる、というか迫られるような経験は初めてではないが、ごく少ないワケで…

 

 ん? でも、そういえば… 人生で2度ほどストーカー気味に迫られたことはあったかな。一度は小学校の同級生、二度目は20代のころに40代後半の… いずれも強度のメンヘラ様で…全くの好みではなく、申し訳ないが振らせていただき、なおも迫られて振り切ったような、苦い思い出になっている。

 そう、なぜかメンヘラ様には気に入られることが多かったなぁ…

 

 しかし今回は… 好みのタイプに十分入る娘であり、こう迫られて悪い気などするはずもない。

 危うくはあっても、私が何もしなければ何も起こりはしないと確信していたし、その程度に自分を律することが今まではできていた。まさか、相手からこんなに積極的に… などと考えることがなかったのは、やはりイケてるメンではないからだろうか。

 

 もし…こんなことが発覚したとして… 未成年のミキが謝るべき相手は保護者だけだが、成人の私は世間すべてのヒトに対して責任を取らなければいけないことになる。
 それに… こうなった以上、私はミキの言うこと為すことを将来にまでわたって基本的に是認しなければならないだろう。


 彼女がチクれば、私はおそらく免職になるからだ。

 

 ではこの段階で誰かに相談すべきなのか? 仮にそうしたとしても、結果的にはたいして変わりはしないだろう。相談が正規のルートに乗った瞬間から私が罪人になることは眼に見えている。


 そう… だから… 道は2つ、いさぎよく責任をとって身を引くか、黙っているしか道はないのだ。

 

 ある生徒… かつて某教員と日常的に肉体関係まで持っていたJKが、私にこう告白したことがある。なにかの世間話のついでに、その某教師担当教科の2学期末テストが異常にできていたので、さりげなく褒めてみたら…

『あのね先生、アイツね、今度の期末テスト勉強大変だなって言ったらね、その…問題…じゃなくて答えのプリントをくれたの… このテスト勉強の分だけ会いたいなって言ってくれたの… だからできてあたりまえ。もちろんナイショで、ね』

「う、それは実にヤバいな、聞かなかったことにする…しかないな。でもさ…」

『でも?』

「それで学年3番てさ、むしろ笑えるかも。余裕で満点取れるだろ、でもさ」

『でも?』

『模擬試験とかでもときどきいるんだよ… 全国1番取っちゃうヤツが…』

『なんで? すごいじゃん』

「例外なく自宅受験でね、答え丸写しだから満点なんだな、これが」

『あ、そうか』

「私なんかでも「んっ?」って思うんだからさ、気を遣いなよ」

『あ… そうか、そうだね』

 

 まあ… 普通の生徒ならば時間は短縮しても丸写しはしないし、するとしても

『こんな記述問題をバッチリ写したら、さすがに怪しまれるな…』

ってなワケで空欄にしておくし、記号問題だってところどころをわざと間違えておいたりするだろう。

 

このあとも会話は続いたが、ここで留めておこう。

 

 いまこういう美味しい「イケない関係」を続けている方々へ、くれぐれも言いたいことがある。「バレないから大丈夫」ということはない。いったんこの前提が崩れると、本当に取返しのつかない、大変なことになる。

 事情聴取、査問、心理士の面談、警察の取り調べ、明日からの仕事、消える退職金、消える信頼、再就職の難しさ、保険、年金。家族や友人との人間関係。すべての生活の根底が、いとも簡単に消え去っているのだ。
 
 これは本当に怖い。八方塞がりで逃げ場のない、リアルな地獄の状況である。同様な立場に立った先人の中で、命を絶つことを選んだヒトが多いのもすごく良くわかる。私はいったいどうなるのだろう…

 

 それに… 衝撃はこれだけでは終わらなかった。おそらくこれから述べるような状況を誰もが信じようとはしないだろう。


 今でも私自身で信じられないくらいなのだから。

 

 この日を境に、ミキは急に大胆になりだした。まるで煙の出ているセンコー(線香)が10倍になって… 炎を上げて燃え出したような。

 ちなみに… セン(千)の10倍は(マン)である… 


下ネタじゃねぇか!!?

 

 まあ、それはそれとして、彼女全身がまるで「女性」の化身になったかのように、 狭い部室の通路で他の生徒に死角にわざと入っては

 キスをせがんだり…

 背伸びして私の耳にクチビルを触れさせてみたり

 私の腕を取って腕を組むように、ヒジを彼女の胸に押し当ててみたり…

 私の背後に回っては、背中に柔らかい二つの山を押し付けみたり…


 まるで炎がいくつも合わさって業火(ごうか)になったかのような。

 

 おーまいがっ!

 

 たまらない高揚感と、どうぢようもない不安感がないまぜになっていた毎日だった。

  そして私は… この事態を解決できる術を思いつくことができなかった。

 

 ただ、流されていた。