魅入られて 3-5 告発
5節 告発
一月。
やはり…動きがあった。
まさかとは思いながらも、最も恐れていた事態だった。いや、そんなことあるワケがない。あんなに慕い、頼ってくれた娘たちなのだ。
またまたまた事情聴取… 今度ばかりは…もう二度と生徒とは合わせてもらえない完全隔離体制だった。こりゃもう、言うまでもなく完全有罪待遇である。
様子を見ながら徐々に答えていくうちに、何となく内容が見えてきた。
やはり…アキ、アカネ、ミキの三人が保護者ともどもで私を「冬休み前の準備室の件」で告発したのだ。
きた、きた、きたよ… ついに来た。
同時に… あのときひっかっていたものの正体がようやく納得できた。
あのとき、彼女たちはサヨナラは言ったけど、いつものように
『またね』
『じゃあ、また今度ね』
とは言わなかったのに、ようやく気付いた私。
ミジメだった。
そうか… そうだったのか。
やはりこれはなにか計画されたものだったのかもしれない…
なんで? なんでなの、みんな?
私に向けられている容疑…というか嫌疑は、要するに、
『三人とも呼びつけられて準備室で抱き締められキスされ、カラダを触られました』
とかいう内容なのだろう。
言うまでもなく、私は呼びつけてもいないし手を出したわけでもない。ただ、状況が不利なのは明白だった。
どうやら写真は提出していないようだが…
うん、ヤツラだってノリノリのキス顔とか、ブラ丸見えの姿とか… できれば出したくはないのだろう。
少なくともイヤがった顔ではないはずだ(笑)
…ということは、つまり… 私が否定したときの追い打ち用いうか、トドメを刺す場合を考えて温存しているのだろう。アレが表に出たら…身の破滅しかあるまい。
そりゃ思い当たることはありすぎるけど、ちょっとだけ待ってほしい。一方は未成年だから無罪っていうのが世間様の理屈である。これは理解できる。だけど私のあの状況で、本当に私が100% 一方的に悪いのだろうか?
自分にも責任がないとは言わないが… いや、あることは認めるけど、…
すごく納得できない!
…と叫びたい気持ちをぐっとガマンして… 警察沙汰は全力回避することにした。どうせ9割がた免職なのである。全くのゼロなら別だが、心当たりも写真もあるのだ。
下手に抵抗して告訴→身柄拘束(拘置所)→起訴→裁判→有罪→前科持ちの道では採算に合わない。この期間は無職だし、裁判で負けたりすれば、費用は被告持ちになるのが明白だからだ。
相手に写真がある以上、私に勝ち目はない。あとは、どううまく負けるか… そう割り切って、より小さなケガで済むように全力を尽くすのみだ。下手に否定したりして裁判沙汰にだけはなってはいけない。そのためには「犠牲」もやむを得まい。
元々から考えてみると… 好きだ好きだとおだてられ、おおそうかと思っているうちにキスされ触らされ、いつのまにか受動態が能動態にスリ替えられて悪者に仕立てあげられて窮地に居る。
これほどバカバカしい話もない。
そういえば◎◎◎は「ボーダー」、つまり人格障害だと言ってたな…
ボーダーは自分が依存したいヒトに依存する。相手の迷惑を顧みることなく徹底的に依存するのだと書いてあったっけな…
逆に相手に大事にされていないと思ったときは… 相手が破滅するまで思い切り悪く足掻く(あがく)のである。しかも今なら「未成年」というカードの威力を100%利用できるのだ。
なるほど… そういうことかも知れない。
しかし今そんなことを思ってみても、何の解決にもなりはしないのだ。
要するに触られようが、触ろうが、
『恐れながら…』
と訴えられた以上、抗する術はない…のだ。
例えて言うなら、「未成年」は水戸黄門さまの「葵の印籠」と同じ効果を持つ。
出されたと同時に敗北は決定で、
「恐れ入りました」
しかセリフはない。
…それが社会常識というものである。
私は自分が手を出さない限り、こういう事態にはなりえないと考えていた。まさか相手側3人が保護者とタッグまで組んで、三重殺(トリプルプレー)で攻勢をとるとは… 想定を遥かに超えていた。
一人でも絶望的なのに相手は可愛いJK三人で証拠写真持ち、こっちは小汚いおっさん。
いかに美人局(つつもたせ)的仕掛けであっても、勝ち目はゼロである。
美人局とは… 男性のスケベ心を利用した犯罪である。
たとえば… 私が何等かのきっかけで魅力的な女性を知り合うことになったとする。
女性は魅力的で、しかも積極的である。
口説けば、なぜかうまく口説けてしまう。
では… 男女の恋愛の最終形として「ふたりきり」でどこかの一室にこもったとしよう。
そこへ… なぜか悪そうな怖そうなオトコがやってきてスゴむのだ。
『おうおう、オレの女に何してくれる。そうオトシマエをつけてくれるんじゃ。あぁ?』
女は素早く服を着て、いずこともなく姿を消している。もちろん相手の男女は始めからグルなのだ。
結局はさんざんに脅されこずかれ、指を詰めさせられる代わりに、カネで解決せざるを得ないハメになり…
そしてそれがヤツらの真の目的なのだ。
性質が性質だけに、相手は準備100%、こちらは0%で警察沙汰になることも少ない。
世間のスケベ根性バリバリのみなさん、よく覚えておいてほしい。警察と裁判絡みで責められると、勝てる見込みは無いですぞ。
逆にJKのみなさん、この手は使えますぞ。未成年を盾にとれば必ず勝てます。保護者を巻き込むと完璧です。美人局の男役は、学校と教育委員会がしっかり勤めてくれる…
もし蜜の味にしたければ、かる~く相手を脅… おっと、あとはわかりますよね?
しかしあの三人がそんな告発をするとは、今となってもどうしても思えなかった。
ねぇなんで、なんでなの? みんな…
私は自分の行為を否認することはできなかった。
そして… しかしというべきだろうか、それを読んでいるかのように、私の覚えの無い行為までも巧妙に混ぜ込んだ告発がされていることが分かってきた。
まてまて、私はそんなことまでしてないぞっ!
いつパンツの下に手を入れたって?
いつパンツをムリヤリ脱がせようとしたって?
何回も何回もおなじようなことを聞かれる。間もなく入試の季節、相手も積もる仕事を後回しにせざるを得ず辛いんだろうけれどなぁ…
イヤでもこんな問答を優先させなきゃ、なんてすごく辛いだろうけど、こちらもツラくて苦痛なのだ。
『三人と知り合うきっかけは? いつから話すようになった? 』
「ユリと一緒にきたからです… 九月、ミキとは十月くらいから。」
『いつからSNSを始めたのか? それはなぜか? どんな会話をしたのか?』
「九月で写真交換のためです。会話はすごく盛り上がるし楽しいので、つい続けていました」
『理科準備室にくるきっかけは? それは先呼んだのか。来たメンバーはだれか?』
「ユリですね。呼んだことは一度もありません。メンバーはユリ、ノゾミ、サキ、カナ、あとはミナなどです、隣のクラスの」
『クルマに乗せたことはあるか? 校外で会ったことはあるか?』
「ありません。校外でも。あ、いや某ショップでミカと二人のところに偶然会いました」
『二人きりになるチャンスはあったか? 窓やカーテン、扉の状況は?』
「友達がトイレとかの時以外はないですね。扉も窓は開けてあります、いつも」
『理科室にはヒトがいたか?』
「居るときも居ないときもありました」
『準備室等に人目の死角はあるか?』
「そりゃ、その気になれば作ることはできるでしょう。作ってはいませんが、ね」
『そこでいつ、何をしたのか?』
「さきほど言ったように、いつも扉は開けて、カーテンも開いてます」
『同意はあったか?』
「何の同意ですか? 私はそもそも呼んだワケではありません」
『強制ではないですね』
「扉もカーテンも開いてます、いつでも逃げられますよ。くどいですが、勝手にみんなで来るんですから」
『話しただけですか? キスは? 身体を触ったか? 服の上か直接か?』
「話してたら、いきなりキスされました。あのときは…実は腹くだしてすごく体調悪いときでして… あまり覚えてないんです」
そんないきなり正直に言えるもんかい… ココロの中で苦笑していた。アレ眠剤だし…
『ところが高山先生、あの娘からはね、とても想像とは思えない具体的な話を聞いているんですよ』
「ほう、それはどんな?」
『それを正直に話していただきたいんですよ』
「正直もなにも、覚えの無いものは話せません。具体的って、いったいどんな話ですか?」
『そのときに高山先生が、ズバリなにしたか、ですよ。ブラウスのボタンはいくつハズしたんですか』
「言っちゃ難ですが、ですね、あの娘たちの少なくとも2人は男性経験豊か過ぎるくらいですよ。過去に経験したことを語るくらい何でもない』
『しかし…』
「あの日私は腹下しでしてね、性欲どころじゃなかった。あの娘たちが抱きついてきて、あっと思う間にキスされて…自ら服を脱ぎ出したからビックリしたんですよ… それが真実です」
チラチラ見せる相手のカードを推理推測しながら、当事者しか知り得ない細かい描写に驚いた。これは三人が、確実に私を追い込む意図をもって通報したんだ、と確信した。一部は本当だが、覚えのないことも多数混入されていたからだ。
明らかに言い過ぎじゃないか… 女子が自らからここまで言うとは、ある意味スゴい覚悟である。私が女子ならそれこそ言えない内容であったのだ。
女子の訴えを聞いてる方々は、
『こんな可愛い娘たちがここまで言うからには、本当であるに違いない』
と思うのが、口惜しいけど人情である。
だから…私は負けを確信し、それなりの負けっぷりを考えざるを得なかったのだ。JKのクチビルは熱くて柔らかかったし、抱き締められれば当然身体にも触る。どっちが主導的だったか等の細部についてはどのみち水掛け論になる。
ただ、あの写真を持ち出されたら、勝ち目はない。私が強気になりきれない理由がそこにあった。
三人の言い分とは違うという理由で、こういう尋問が四回も繰り返された。私は
「相手の言い分と同じになるまで聴取するんですか? 私は彼女たちを呼んでいません。
未成年とはいえ、相手に抱きつかれて、それでも私が百%悪いというのですか?」
と主張してみた… ちょっとオーバーだけど…
ちなみに答えは
「イエス」だそうだ。
未成年とはそういうものなのだそうである。この次は教育委員会で聴取、次には再び聴取か処分という流れになるのだろう。
だがしかし…私の心情は、被害者率95%である。
ヒドイな…
あまりの変心ぶりに腹を立て、その唐突さに三人を許せなくて… まず自決を考えた。
自宅では家族が迷惑する。そのへんでもご近所が迷惑するだろう。三人を傷つけて…そう、わざと可愛い顔とかを傷つけるだけでいい… 濃硫酸でプリプリのお肌を軽くローストしてみても良いだろう。
もちろん私は腹を切る。しかし私の遺族に迷惑すぎる。警察にも余計な負担をかけてしまう。
確実な自決の方法なら…
校舎から飛び降り、海に飛び込み、入水、クルマへの飛びこみ、風呂でタイマー付き電気コード、目張りクルマ(七輪か排ガス)、塩化カリウム注射か空気注射、首つり、硫化水素、睡眠薬、切腹…でもやっぱ介錯がほしい!
致し方なくさせられたこととはいえ、自分のしたことに責任を取らなくちゃ。やっぱり睡眠中にタイマーで心臓に通電するのが良いかなぁ。これはあとに起きるかもしれない火災、および家族の感電対策をしないとまずい。ブルーシートの上でならどうだろう? もうひとつ「切タイマー」をセットすれば感電は回避できるかもな…
復讐するのなら三人の家だ。破壊しつくし、焼き尽くす。玄関前の道路あたりで、割腹か、目張りしたクルマの中で練炭か。家の敷地内では、下手すると「縁起が悪いからと買い取りさせられる」ので道路にするのだ。いや待て、三人の代表誰にする? 私の身体は一つしかないし…
ただ…なんか私らしくないなぁ。そう思いながらも自分の面目を立てるための、自殺でない「自決」を真剣に考え続けた。「完全自殺マニュアル」も通販で買った。ひたすらに肩が重かった。
これから背負う「人生」というものをずっしりと重く感じた。
ちなみに県庁では… まず学校管理職の誰か(教頭等)と県庁某所で待ち合わせ、県教育委員会の高校教育課の人事担当に引き渡される。このあと教頭は読書の時間になるが、私は某室に連行され、四人ほどの聴取員を口の字型に向かい合って、まず自分の所属、氏名、経歴、学校の役割など答える。次に「ウソつくなよ、ついてバレるたら大変だぞ、責任はお前だぞ」みたいな脅し的な確認を受けてから、あれこれを根掘り葉掘り聞かれることになる。
幸いなことに? 宣誓はない。状況にもよるが、およそ半日が目安だろう。こうして事情聴取が終わる。
一週間ほどの間を空けて、今度は事実確認と調書作成だ。またまた四人ほどの聴取者とコの字型に向かい合って、まず自分の所属、氏名、経歴、学校の役割など答える。次に前回の供述が要約された紙を読むように指示される。誤りがあれば、ここで訂正するのだ。あとでもう一度訂正分を印刷し、ウソだらけの供述に誤解曲解だらけの解釈に「間違いありません」的なことを自筆で書き、氏名、押印するのだ。
とにかくいろいろなことを聞かれる。言いたくないことを聞いてくる。よく考えれば当たり前のことなのだが… たまに思わず吹き出したくなる愚問も混じるが、とにかく真剣勝負だ。しかしバカバカしくもある。
おそらく… 言い分は聞いてくれてるようでもほぼ通らないだろな。はじめから相手の言い分で、もう処分は決まっているようなものだ。さもなければ…