魅入られて 3-6 家族 3-7 縁起

6節 家族

 

 こりゃダメだ。教職を続けられる見込みは100%ないだろう。

 

 実のところ、給料と退職金に未練はあったけど、【この学校で】同じ仕事を続ける気はほとんどなかったのである。ここに至ってやむなくヨメ殿や息子、そして母にも自分の嫌疑を明かし、将来の見込みを話した。

 

 自分自身さえ納得しているワケではない。

 

 例えて言うなら…

 暗く寂しい夜道を

「大丈夫、家も近いし、いつもの道だから…」

と油断して歩いて帰る途中で強姦され、それを御近所に知られてしまった娘さんの心情ではないだろうか。

 そんな、なにもかもが雲散霧消していく現実の中である。

 

 私が能動的に行ったことはほぼない。そういう意味で自業自得とは思えなかった。

夜道を歩くことは、危険に近づくことではあっても、それは必ず災難を招くとは言えない。

 

 恐らく… 周囲の人は

『狂犬に咬まれたようなものよ。忘れなさい…仕方ないじゃない』

こう言って娘さんを慰めるだろう。

 私の心情は、それに近かったかも知れない。

そう… 一番ラクな答えは

「死んじゃう」

ことだった。

 

 私の性格をよく知っている家族は…

 みんなココロの底の怒りを押し殺しながらも、当面の協力を約束してくれた。それぞれ快いワケはないのに、母は素直に聴取に応じるようにとアドバイスをくれた。息子は自分の就職活動に影響がありそうにも関わらず、最も深い理解を示してくれた。そしてヨメ殿は…ためいきをつきながらも、当面一緒に生きてくれることを約束してくれた。

 

 これからの再就職、世間や家族の眼、見る目・見られる目、信頼、保険、老後資金、人生計画のすべてが目茶苦茶になった。あの人たちを今後の人生で見返すしかないし、むしろあれで良かったと思えるようにしていくしかない。教員でいる限り絶対に見ない景色と体験を楽しんでみたい。でも正直メゲル要素ばかりで、本当に死にたくなる。

 

 「世間に負けるな、己に負けるな」
これが当分の私のテーマになる。

そしてそのテーマの達成は、イバラの道であることはよくわかっていた。

 

 多分… ひと思いに死んでしまう方がラクなんだと思う。

 ただ、生きる限りは… いつの日か必ず復讐させていただこう。誰もが…当事者さえも忘れたころに、誰にも悟られない方法で。その方策を巡らすのは実に楽しい。

その思いだけは、少しも揺らぐことはない。すでにアウトラインはできているのだ。

 

 みなさま、楽しさと色香に迷った私がバカでした。御支援に感謝しています!

 

 それにしてもわからない。

三人はなぜ、あんなことをして、告発までしたのだろうか?

私を操り、言うことを聞かせたいだけなら、告発する必要はない。

 

 美人局を…つまりカネを狙うなら、告発せずに「脅し」を掛けた方が、ずっと御得なはずである。

 

 わからない… 

私は布団の中で、独り悩み続けた。

 

 

7節 縁起

 

あのあとユキ一族はどうなったのだろうか。

 

 アオが戻ってきたときから五十年ほど経って、ユキは非業の死を遂げた。つまり甕のなかで五十年ほど生き永らえたのだ。

 ギンとアオとは成長に連れて甕の中に入れなくなったが、二匹はユキに食を運び続けていた。ある夏の夕暮れ時、カエルを銜えた大蛇がなにやら急いで爬っていくのを見とがめた作造という男がいた。

 

 ヘビという動物は、獲物をその場でアゴを外してまで飲み込む習性を持っている。もちろん咀嚼などすることはないし、獲物を地面に埋めるたり貯蔵したりすることもない。そういうことを知っていた作造には、

「カエルを銜えて運ぶ」

という行動がよほど奇異に映ったに違いない。

 

 驚き怪しんだ作造は大蛇を目で追って、ついにユキの入った甕を見つけてしまったのである。

 

 晩飯のとき家人に自慢して語った。

 

「先々代は、たしか弥吉様じゃったろう?」

『そう聞いとるな。ヘビ切った鎌で誤って自分も切った方じゃろ。あれはタタリじゃ』

「ヘビは埋めた、っち、聞いとるわなぁ」

『ほうじゃ、が、どこさ埋めただかな』

「それがな、この家の北の縁側にな、ほとんど埋まっておる甕(かめ)があっての」

『あっちゃ、めった行かんけんのぅ』

「わしもひさびさじゃった」

『やだアンタ、そんな甕なんかあったかのぉ』

 

家人の誰もがこのことを知らなかった。作造は話し続けた。

「こないだ大雨が降ったけんの、あれで出て来たんじゃろ」

『すごい雨じゃったの』

「ワシも知らなんだからびっくりしたがの、驚くのはその後じゃ」

『まだ驚くことあるるんかよ』

「大蛇がカエルを飲み込まんでな、運んだ先がその甕じゃ」

 

『えええ、まさか…』

「じゃろ? 気になろう…」

『し、しかし、そげなことはあるまい』

と家人は怪しんだ。

 

「見たいがの、今日はもう宵だから止めた」

『ははぁ… 作造さぁうちらをカツぐつもりじゃな?』

「いいや、そんなんでねえ。埋めた蛇、まだ生きとうちがうか。明日掘るべ」

『あんた、やめときなや、たたりがあるでよぉ』

「はは、迷信じゃ、心配すなや」

『やめとかれいよ、ええじゃん、そんくらいほっとき』

 

 それを床下でアオとギンが聞いていた。

それから長いことクチヅケしているように見えた。

翌日、作造は鍬を持ち、家族とともに甕の前にあった。掘るべき甕の上には大蛇がいた。

 

 大蛇は抵抗する様子は見せなかったが… なにやらじっと作造の目を見つめ続けていたという。

 

 ここでは詳細を書きたくない。

 結果から言うとアオとユキは殺された。

主人が居なくなった甕は破壊され、埋め戻された。

 

 しかし… 

 

そして…

 

 一家を異変が襲い始めた。

 

 まず作造が翌朝起きてこなかった。

仰向けで手は胴に沿って足の方に降ろされた姿勢で。首には縊死(首吊り)の痕跡が斜めにハッキリ残っていたが、縄は無かった。首という部分を最短距離で横に絞めた場合、普通は二本ある動脈のうちの一本しか血流が止まらず、なかなか死には至らない。

 上から吊った感じで、斜め上に向かって絞めると二本とも止まって、あっという間に失神するのである。首筋の痕跡は、斜めに絞めたことを示していた。そんなことは絞殺のスぺシャリストにとっては常識である。

 

 もし…もしも誰かを「縊死」に見せかけて「絞殺」する必要があるときには、「地蔵背負い(じぞうしょい)」という方法で担ぐと… ハハハ、これは忘れてください。

 

 作造のノドにはなぜか餅が詰められており、何者かに締め付けられたかのように、腕とアバラには三か所かの骨折が見られた。隣に居た妻女は、僅かな呻きを耳にしたが、いつもの寝言だと思い、気にも留めなかったと語った。

 

 作造の葬式の晩、今度は1歳の娘が行方知れずになった。それから四日が経った。四歳の娘が夕方に見えなくなり、翌朝溺死体として発見された。

 すると妻女がおかしなことを口走るようになり、娘の葬儀が終ってまもなく鎌で首を切って死んだ。

 

「たたりじゃ あのヘビの…」

「たたりじゃ… やはり、なぁ」

 

 同居していた叔父叔母などの親戚は、ヘビの祟りを確信した。

 

 家を取り壊し、甕とそのあたりのいくばくかの土地に石を積み、締め縄で囲って清め、ヘビの怒りを鎮めると共に一家の冥福を祈った。これが蛇塚建立(くちなわづか こんりゅう)の縁起である。

 

 この祟りは怨念などという観念的なもののせいではなく、当然ギンの一族とアオの子孫一族の具体的な仕業であった。

 ギンは蛇塚を安住の地と定め、復讐をここで打ち切る決断をした。あとはユキの後裔であるギンとアオの一族の繁栄を願って生きていこうと考えたのである。

 

 あの日…アオは人間に見つかってしまった責任を取り、自らの身体を張って人間に母ユキの命乞いをするためにあの場に赴いたのだ。アオはヒトのコトバをかなり理解できたが、アオの意思をヒトに伝える手段を持っていなかった。それがアオとユキの悲劇だった。

 

 ギンはアオの意思と遺志をよく理解していた。今後ギンから進んで害を加えないことはココロに誓ったが、蛇塚を壊したりする者には容赦しないつもりだった。

 ギン一族は蛇塚を中心によく栄え、地元の人間も蛇を崇め大切にしていた。飢えていない限りは人家近くで人語と感情を学び、ヒトの知識を蛇族に応用することを奨励した。

 

 蛇は普通孤独なハンターである。狩りに成功することは多くないため、腹を満たすにはそれなりの時間と手間が必要だった。しかしヒトの集団狩猟の技術を応用すれば、複数の獲物が簡単かつ確実に手に入る。これで生活の余裕が大幅に増えたのだ。

 

 数十年の後、ギンもいつのほどにか寿命を迎え、次からコン、アイ、キンの順に一族の首領が変遷していくことになる。