魅入られて 3-8 半裸

8節 半裸

 

 今日も肩が重い。いや今朝はひときわ重い。もう少し寝てしまおうか、どうせ今日の午後は事情聴取なのだ。

 それでもグダグダし続けて良いものだろうか。起きなくちゃ。布団の中で大きく伸びをした…

 

「ああ~ あっ」 途端に激痛、左足がツってしまった。

「いて、いて、いててっ!」…と、もがきながらの起床。

 

 おーまいがっ!

 おお、痛かった。そういえば、今朝は妙な夢を見た。半身裸で、髪の長いオンナ… 

こちらを見てうっすら笑っていた。

 ミキ? いや違う違う。

 

 そうだ、もう…ミキに会うことはできない。DM(ダイレクトメッセージ)もできない。それどころか、三日前からすでに見えない闘いが始まっていたんだっけ。

 

 冗談じゃない…、夢特有のデフォルメにしろ、もうミキの夢など見たくない。

 でもあの顔はミキじゃなかった…けど、どこかで見た。

 いやいや、見たというより、感じたことがある。

 

「そうだ… あそこだ!」

 

 えっと… あのトンネルの… 澤風峠! 

 一気に鳥肌総立ちになった。

 

 あの、澤風峠だ!

もう何も思考できなくなった。意識は、あの半裸の女だけでいっぱいに…いや、エロい意味ではなく、怖い方だ。その夜寝るのが怖かった。睡眠導入剤を飲んだ。二錠飲み足した。それでもなかなか寝付けなかった…

 

 明け方だろうか…やはり半裸の女が見えてきた。再びパニックに陥りかけた私に、女はウインクして見せてから消えた。

 なにか言いたそうな表情だった。

 

「えっ なんだったんだろう?」

 

 少し冷静になれた。何か言いたそうだった。

 

 よし、明日は話してみよう… 話せるものならば。どうせ明日も自宅待機で、もう生徒には会えないのだ。そうさ、もう金欠以外に怖いものなんてない。

 

 諦めてパソコンの中のデータ終活を始めた。もう授業などする機会はないだろう。1年間それなりに苦労して集めた画像データが消えていくのを茫然と眺めていた。

 ただ不思議なことに3つの映像がどうしても消えなくて…強く印象に残った。

 

「なんで? なんで消えないの、コレ?」

 

 その一つがクリック氏のセントラルドグマを示したスライド、

二つ目がHIV(ヒトエイズウイルス)のスライド、

三つ目が寄生虫ハリガネムシの動画。

 

 なんでだろう?

パソコンを調べても、何ら異状は見当たらない。

 

 もしかして…?

2時間ほど削除にトライした苦闘の後、

「これは、きっとあの女からのメッセージかも知れない」

と悟っていた。

 

 私はその映像を何度も何度も繰り返し見続けて、ついに一つのアイデアが閃いた… 

 

「そうかっ!」

 

 次にあの女の正体を考えた。

 誰だろう? 

 エロい恰好で出てきたから、澤風トンネルのスクブスだろうか。

 

 スクブス(またはサキュバス)とは、眠っている人間の男と交わって精を盗むと言われているヨーロッパの悪魔または淫夢魔である。なんとヒトとの間に子ができると伝えられている。ヒトと悪魔は生殖可能なのか! 

 

 私としては、眠っている間でなく起きてるときに堂々と願いたいなぁ。この男性バージョンがインクブスまたはインキュバスだが、はっきり言ってこっちは要らない。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 

 翌日未明… 今朝は心待ちに… 

おっ、出てきてくれた。

 下半身はおぼろげで、上半身には服をまとってはいないが、長く豊かな髪で自然に隠れている「ふくらみ」はやはり気になるなぁ。

 

 女難の最中ではあっても、若く美しい女性の姿には代えがたい魅力がある。

 

 彼女は…少しだけ微笑みをたたえた表情で、こう話しかけてきた。

『もう怖くないですか?』 

コトバは小さくゆっくりめで、やや丸みを帯びた声だ。

 

『テンテを怖がらせるつもりはないよ、今だけは』

 

ほう… 良かった。しかし何の話だろうか。

 

「アナタは何かのお化け? 怨霊(オンリョウ)? ユウレイ? スクブスとかインクブスとか呼ばれる存在なんですか?」 

おそるおそる訊ねると、

『そうとも言われるかも。でもなんかちょっと… 

じゃ、ユウレイの【レイ】って呼んでください』

 

 女はクスっと笑ってから言い足した。

『スクブスのブスじゃ、さすがにね』 

私も笑った。

少し気が楽になった。

 

「うん、レイね。わかった、レイ。お待ちしてました、ある意味」

『たぶん気付きましたよね、テンテ。どうぞ言ってみてくださいな、聞くわ』

 

 レイはなぜか私を「テンテ」と呼んだ。あるいは「センセ」のことかも知れなかった。

 

「これで良いのかなぁ… もしかしたら〔逆翻訳酵素〕ではありませんか?」