魅入られて 4章 大進化説 1節 感染

4章 大進化説 1節 感染

 

 レイから聞き取ったことを並べてみよう。

 

 ちょっと早目に正体を明かしてしまったけど…と自嘲して、レイというその霊的存在が語り始めた。まず彼女は澤風トンネルに棲まっていた存在であり、私の数代前の直系祖父の霊波と酷似している私に気付いたらしいこと。去年はヨメ殿がいたし、すぐ帰ってしまったから感染できなかったのだと言う。

 

 レイの正体は…

 

 レイは… 元々私の先祖に強姦された後に殺され、この地に埋められた村の女性だった。私にはコウモリの呼気を介して飛沫感染し、元々因縁があったから簡単に免疫リンパ球を騙せたらしい。おそらく背筋に何かがあたったような気がしたとき、本物のコウモリさんが近くに居たに違いない。

 

「おーまいがっ!

そうだったのか… レイさん、知らなかったとはいえゴメンナサイ、本当に。お詫びは…」

『お詫びは…』レイはコトバを重ねてきた。

『お詫びは、たっぷりしていただくわよ』

 

「参ったな… 交渉上手ですね、レイさん」

『ダテに長生きしてないわよ。いろんな動物さんに感染してきたから…』

「感染? それって病気みたい… それでいいんですか?」私は確認してみた。

『そう、感染よ』

レイは肯いた。

『あとね、レイ、でいいよ。お互い気楽でしょ』

 

「そうです… やや、そうだね… サンキュ、レイ」

続けて私がしゃべった。

「やっぱり…か。そんな気もしてたんですよ。幽霊の正体って、逆翻訳酵素(Reverse Translatase)や逆転写酵素(Reverse Transcriptase)を持つウイルス(Virus)なのかな…って」

『テンテの仮説だとね… レイの本体はウイルスみたいね。レイの仮説でもあるわ』

「ウイルスとか…リケッチャとかマイコプラズマとかクラミジアかも。ただね、今は断定する証拠がないんです」

「たしかにややこしいですわね。あれ、変なになっちゃったじゃん。気楽にってお願いしたでしょ? じゃ当面はウイルスでいきましょ…」

「失礼… ウイルスは細胞じゃないけど、細胞を乗っ取れるし、感染するからね」

『レイはテンテの細胞にレイに子ウイルスを作らせるの。その子たちが次のホスト(宿主)を捕まえるのよ。まあテンテの細胞とか、他の動物とかに、ね』

 

「物質の合成分解や、ATP代謝もホストに依存するんだろな。あ、もしかして思考回路も?」

『そうね。アタシ、トンネルではコウモリさんとかタヌキさんに感染していたから、思考もね… まだケダモノっぽいかもね、フフフ』

「フフフじゃないですよ… じゃ今は… やっぱ私に」

『えへっ バレたか… でも思考に共鳴することもあるのよ』

 

 あっからかんと語るレイ。

私もなぜか気がラクになってきた。この異常事態に、ようやく慣れてきたようだ。

 

「なんだ、じゃ私は私自身と話してるの? いや待て…そっか、ハリガネムシか!」

『そういうこと』

 

 大きく肯いたレイの髪が大きく動き… 

目が釘付けになった私。

 

 見事な胸のふくらみだった。

胸はいかにも女性の象徴らしく、世界ナンバーワンだと思ったミキの胸より…

 

いや待て待て、そんなことを描写している時と場合ではない。

 

 ハリガネムシは、コオロギやカマキリの腹から出てくるので有名な寄生虫である。水中に卵を産み、それがトビケラなどの川虫の口に入ると腹中で孵化して育つ。やがて川虫が羽化するとともに陸上に出て、カマキリなどに食べられることで腹中に移動し、カマキリ体内で成長するのである。

 

 そして…ここが大切なところなのだが、普段カマキリやコオロギは、普段自ら水に飛び込むことはない。しかしハリガネムシを腹で飼っている個体は…

 

時節が来れば例外なく飛び込むのである。

 

 飛び込んだカマキリの肛門からはグルグル回りながらハリガネムシが体外に出てくる。まごまごしていると、カマキリごと魚類やカエルに食われてしまうことになるからだ。出てきたハリガネムシは水中に産卵し、その卵が川虫に食われることによって体内に侵入するという繰り返しだ。

 

 この「カマキリなどが自殺的に飛び込みを敢行する」自殺的現象は…

 「腹中のハリガネムシがカマキリの行動を制御していること」

を意味する。つまり寄生虫(パラサイト)は宿主(ホスト)を操っているのだ。

 

 同様なことはネズミとネコの寄生者トキソプラズマに感染したネズミでも起きる。感染ネズミは昼間に出歩くようになり、ネコの小便の臭いに惹かれるという…これらの行動は、ネズミがネコに食われやすいようにトキソプラズマが仕向けている戦略の結果なのだろう。なぜかと言えば… それはトキソプラズマの次の宿主がネコだから… つまり、ネコに寄生したいからである。

 

 レイの言う「そういうこと」とはつまり… 

 私は私自身のつもりで話しているが、本当はすでにレイの手中にあり、レイが私を必要としている今だけは意識操作を緩められている、ということなのだ。

 

「私はすでに乗っ取られてるんだ… レイに」

『フフフ、そういうことね』

「歓迎できないなぁ」

『でもはじめとちょっと事情が変わったの』

「どゆこと?」 

『まあまあ…レイはね、始めは普通に取り憑いて苦しめて復讐しようと思ったの、テンテに』

「普通だね… あ、だから免職待ちか…」

 

『そうね、テンテは苦しんでたでしょ?』

「たしかに…再就職、世間や家族の眼、見る目見られる目、信頼、保険、老後資金、人生計画…すべてが悪い方に変わるだろうから、考えるだけで絶望的に苦しい状況だってこと。もうさぁ、街でかつての生徒とか親とかに会っても恥ずかしいかもじゃん」

 

『そんな苦しみや怨恨の波動が、レイたちのビタミン的栄養なの。いちばん好きなのは、お気に入りの宿主を苦しめること… 代理ミュンヒハウゼンみたいにね』

「苦しみが栄養だって?」

 

『血管の収縮と震え、酸素不足気味の細胞の悲鳴… ステキだわ』

「腹いっぱい、とか達成感とか… そんな感じかな」

『昨日の朝、総毛立ったでしょ? すんごく美味しかったよ、ごちそうさま、またお願いしたいな』

 

「そんな… ぜんぜん共感はできんな… そう言われてもわかんないよ、レイ」

とか言いつつ、あまりに見事な胸のふくらみから目が離せない。

当然レイは視線に気付いているだろう。

 

『ヒトで例えると、セックスの悦びみたいなものよ』 

ほら、やっぱりな…

 

「なるほど、それなら共感できる… ミキとは打ち合わせたの?」

『わかった? ミキ本人とは関係ないけどね、ミキのウイルスと、ね。ミキと旅行のお土産交換したときね』

「あ… レイはマンゴーケーキと一緒に憑いて行ったんだ(笑)」

『あの時レイの分身がミキに乗り感染ったの、テンテに復讐するために』

 

「おーまいがっ!

物騒だなぁ。もう勘弁してよ」

『ダメよ。ここが気に入ってるの。復讐できるしさ。あの時ね、ミキに取り憑いてるウイルスと協定を結んだの。あれは元々蛇とかの爬虫類に感染するウイルスみたいだわ』

「えっ? ミキは人間だろ?」

 

『それが… 言っても良いかな? 言わなきゃわからないか』

「言っちゃって 言っちゃって」

『ミキはヒトとヘビのハイブリッド(雑種)なの、間違いない!』

「えっ!?」

 

 まさに時間が止まった。

瞬時、レイの見事なおっぱいのことも忘れていた

 

 しばらく経って、

『レイも驚いたもん。アキもアカネもそう、たぶんね』

という呟きが響き、再びレイが話し出した。

 

『話せば長い、深い因縁があるらしくてね… あの娘たちの染色体には蛇の遺伝子も含まれてるみたいなの』

「て、展開が急すぎて、ちょっと待って、理解不能かも…」

私は枕元に常備している水を飲んだ。

 

もう一口飲んで落ち着こうとした。

 

「ゴメンね… それで、ヘビの遺伝子持ちってとこだったね」

『うん、だから3人には蛇ウイルスが感染できるけど、レイとはどうも気が合わなくてね』

「なぬ?」

『やたらとテンテを殺そうとするから』

「…と言われても」

『テンテは大学で植物の病原菌を専攻したでしょ?』

「遠い昔にね… あ、絶対寄生菌か」

『そう、レイは絶対寄生菌のタイプだわ』

「生きた宿主細胞だけに感染、つまり私を殺したくはない。シクシク搾り取るワケね」

『うふっ… 察しがいいわね。で、蛇ウイルスさんは強烈な病原タイプなの』

 

「でもさ、そしたらミキは殺されちゃうじゃん、そのウイルスに」

『そこが…どうもよくわかんないの。なんかミキ体内では抑制されてるみたい』

「クスリとかかな? そうだったらそれってすごい科学力だな」

『わかんないわ。なにか条件があるのかも。いざというときは本来の姿に戻るのよ』

「ははぁ、ジャガイモ疫病菌みたいに、まず殺せ、みたいな…」

『そうね、でもホストを殺すとさ、新しいのを捜すのが面倒くさいのよ、レイには』

「私は蛇遺伝子は持たないから、感染の足掛かりにする気だったのかもね、レイを」

 

『そうね… でも庇(ひさし)を貸したら母屋(おもや)を取られそうな雰囲気プンプンだったからね。だからといって無下にもできなくてさ』

「だから先住者として協定を結び、ある意味蛇ウイルスを封じ込めておいたワケだね」

『最初はね。でもヤツらはなかなか諦めなくて』

「寄生者としては下等でサイテー… 気が合わないから協定解消で追放したんですか?」

『そうよ、レイはお代官さまが農民から年貢をとるやりかただからね。でもね、レイの分身もあの娘たちからは追放されちゃったわ… 別に良いけど…』

 

「おいおい上品だな… 私はその農民ということね。そしてレイはウドン粉病菌型だ」

『そういうことかしら、ね』

「ちょっと待って、蛇の染色体数ってヒトと同じ? 異種交配が可能なの?」

『さあ、そこまでは… でもね、追放された分身が言うにはね、染色体を加工した痕跡があったって… あっちはあっちでさ、誰かがすさまじい科学力を持ってるみたい。あの蛇ウイルスさんではないわ… そういう知性はないわね』

 

「レイ、レイはさ、殺された怨念で私に復讐すればいいのに、なぜこんな話しをするの?」

『テンテはさ、強烈に死のうとしてたけど、それは許さないわ。ギリギリ生かしときたいの。それにいろいろちょうど良い役者がそろったところでこういうお話しをしてみたくなったの… ふふふ、知的好奇心て言うのかな』

「… さすがウイルスさん! 向上心には感服つかまつった…」

おっと、もう一言付け加えておこう。

「でも本分は忘れてないのはさすが… 一瞬味方と勘違いしたよ」

 

『うふふ、ちょっとは手加減してあげようか(笑)』

「はぁ… ま、よろしくね。苦しむのは好きじゃない。」

『あ~ら、楽しみだわ』

 

「おーまいがっ!

ほぼ悪魔だな… 好きなホストのタイプは?」

『もう、テンテでいいや、当面』

「おい、ミキに嫉妬されるぞ」

『望むとところよ…そうだと楽しいわ』

「ミキの蛇ウイルスさんは何と?」

『ミキたちテンテと別れそうだから、タッグを組んでどっちも苦しませようって。もうお互い手を切ったけどさ、だいたいの感じはつかめたからもういいや』

 

「三人は私を訴えて、今ごろスッキリしてるかな」

『バカね。最初はスッキリでも、あの蛇ウイルスさんがそのままにしとくワケないでしょ』

「う… そりゃまあ、そうか」

『まだ混乱してるみたいね。他の娘もそうだけど、ミキとミキの蛇ウイルスは別物よ』

 

「ミキは、ヒトと蛇のハイブリッドだったけね」

『そうね、あちらはあちらの事情、たぶん蛇一族の事情でテンテを狙ってた』

「蛇ウイルスは、その蛇とか雑種人間に感染してるウイルスかな?」

『そういうこと。増殖しながらミキたちの喜びや悲しみの感情を狙ってるの。レイと似てるわね』

 

「てことは、つまり…」

私はいまようやく気付いた… そういうことか!

「おーまいがっ!

なんだよぉ… 私が楽しくても苦しくても、結局みんな… レイと蛇ウイルスと蛇一族が喜ぶばかりじゃないか」

 

 レイは、

『イヒヒ…』

と笑って肯いた。そして

 『ああ、蛇一族はね、テンテの不幸だけが狙いだわ』

そう付け足して、レイは腕を組みなおした。

 

 それにしても… 見飽きることのない、見事な胸のふくらみである。


 もう、乗っ取られてもいいや…


 いや、既に昇ジャックされているんだっけな… トホホホホ…


 なんてこったい!