魅入られて 4-3-1 仮説
3節 仮説
そのあとしばらく布団から出ることができなかった。
免職必至という状況だけでも十分衝撃的なのに、私の中にすでにパラサイト(寄生者)が入り込んで勝手に思考や身体を操っていること、幽霊の正体の一端を掴んでしまったかもしれないこと。
おーまいがっ!
なんか妙な塩梅(あんばい)である。
幽霊ってなんだろう?
子供の頃から聞かされ恐れ畏敬してきたもの。
神出鬼没で実体がなく、恨みを晴らしに夜毎に現れるとされる霊的存在。
レイと、いやもしかして私自身との対話の中で判明したことを、私なりの解釈を加えた「仮説」としてまとめてみよう。
今考えていることが… 使える仮説なのか、それとも単なる被害妄想思い込みなのかは、書いてみればはっきりしてくるに違いない。その途中で矛盾に気付いたりするのも、また一興ではないだろうか… ふふふ
仮説
1、霊的現象の正体の一部は、逆翻訳酵素・逆転写酵素を持つウイルスの感染による、「ある種の感染症」である。
セントラルドグマの頃には想定されていなかった「逆転写酵素を持つウイルス」は、そのあとの研究で確認されている。ヒトエイズウイルス(HIV)を代表とするレトロウイルスの仲間などである。
同様に逆翻訳酵素・逆転写酵素を持つウイルスが未発見であったとしてもおかしくはないだろう。
もともと動物は、「脳に恐怖感をもたらすタンパク」を持っているはずだ。これが多くなると恐怖を感じると言う意味で、ここではそれを「恐怖タンパク」と呼ぶことにしよう。なお、タンパク、RNA、DNAの関係については先に述べたとおりである。
仮説的「逆翻訳ウイルス」のはたらきを整理してみよう。
擬人的に「レイに取り憑かれたときの症状」と言っても良い。
まずこの仮説的「逆翻訳ウイルス」(以下逆翻訳ウイルスとする)は、【逆翻訳酵素】と《逆転写酵素》とDNAを持つものと考えておく。上で挙げたレトロウイルスが【逆翻訳酵素】を持ったスタイルを仮想して話を進めたい。
わぁ、演繹的だなぁ(苦笑)
遺伝子を「DNA」に決めつけたワケはこうだ。
レイの話が確かならば、それから100年以上の時を越えて「記憶」が受け継がれていることは明らかである。細胞内ではRNAは核外で使い捨てに近い用途であるのに対して、DNAは核内に大切に保存されている。RNAは複製(コピー)の際、1万に1つ程度の誤りが起きるとされているが、DNAの場合は10億に1つ程度の誤りだと言われている。つまりRNAの複製は、正確とは言い難いのだ。これは子孫に伝える遺伝情報が徐々に変わっていくことを意味していることになる。
しかし… ウイルスの中には遺伝子としてRNAを持つものも多数含まれるが、そんなに変異してしまって良いのだろうか?
われわれウイルスのホストは「免疫」というシステムを持ち、細菌やカビ、ウイルスなどの外敵の侵入に備えている。この免疫系は体内にある物質が「自己」か「非自己」であるかを見分ける手段は、その物質が持つタンパク質の種類である。DNAウイルスは変異しにくいために、いつも同じ種類のタンパク質の服を着ているため、かつて闘った免疫系のリンパ球に「ああ、あいつか」とバレて、すぐに駆除されてしまう。この作用を応用した予防的療法がワクチンである。
しかし… RNAウイルスは変異しやすいため、しばしば「タンパク質の種類が微妙に変わる」、つまり「ウイルスが服を着替える」ことになる。免疫系にとっては、敵か味方かはっきりしないような『初めての新しい何か』に化けてしまうので、駆除も後手後手になってしまう。RNAウイルスの狙いはそこにある。ゴテゴテのスキと混乱に乗じて増殖してしまうのだ。
こうして「新型」は瞬く間に増殖し、拡散する。インフルエンザウイルスや新型コロナウイルス、ヒトエイズウイルスなどはこのように変異し、タンパク質の服を着替えながら流行していくのである。例えばひとりの売れっ子ファッションモデルが、コートからセーター、ワンピースにTシャツ、スク水、ビキニへと服を脱ぎ捨てていくような感じだろうか。この場合はむしろ次が楽しみかな…
売れなくなればAV落ちとか、よくあるパタ… まてまて、何の話だ?
要するに… 中身は同じでも、外見が変われば免疫系をだまくらかすのは容易いことなのだ。
元に戻そう。RNAという物質の性質から見て、100年以上も前の話を正確に記憶できるはずがない。逆にDNAにならそれができる、と私は考えたのだ。
念のために繰り返しておく。
以下逆翻訳ウイルスは、【逆翻訳酵素】と《逆転写酵素》とDNAを持つものとする。
何らかの怖い体験や経験、または強い痛みや精神的想像による刺激によって体内で恐怖タンパクが合成されると、
①逆翻訳ウイルスがこれを感知して、逆翻訳酵素のはたらきで逆翻訳する。
②「恐怖タンパク」のアミノ酸配列が、RNAの塩基配列に置き換えられて「恐怖RNA」が生じる
③「恐怖RNA」が逆転写酵素のはたらきで逆転写されてDNA化され、「恐怖DNA」が生じる
④その「恐怖DNA」がヒトDNAの中に挿入される。
ここまでがこの逆翻訳ウイルスの特徴である。
このあとは他のウイルスと同様に
⑤ヒト細胞に「恐怖DNA」を転写させて、多量の「恐怖RNA」を作らせる
⑥ヒト細胞に多量の「恐怖RNA」を翻訳させて、多量の「恐怖タンパク」を作らせる
⑦多量の恐怖タンパクがヒトを怖がらせ、その恐怖の反応がウイルスに何らかのメリットをもたらす。たとえば、怖くてみんなで集まったりすれば、他者に感染できる機会が増えるだろう。
結論:霊的現象は逆翻訳酵素・逆転写酵素を持つウイルス(または寄生体)の感染によるという仮説を提案しても、大きな矛盾はないだろう。
仮説
「幽霊」の正体が、恐怖を感じさせるタンパク(恐怖タンパク)を特異的に増加させるウイルスの「感染による病気」であるならば、霊的現象の大部分は「ウイルスによって増幅された自己の恐怖タンパクに自身がおびえた結果」だと言うことができる。
またハリガネムシのように、「他の生物の行動を制御したり干渉したりできる特定のタンパク質」を量産させる方法が発見できれば、まさにエポックメイキング的な学会発表ができるだろう。
気になる女子を「その気にさせる」タンパク質を、その子の体内に作らせることができれば… なんてね、テヘ…
実は… 以前から思っていたことがある。
進化論はまどろっこしすぎる、と…
たとえば、進化はしばしば都合の良いことばかりが重なって起きている。そこに作為を想定してはいけないからこそ、進化論には決定打がないのだ。
「中立説」など今の学説は半端すぎて、説明できるのはせいぜい亜種の分化まで、素人目にも門・綱・目・科・族レベルの「大進化」などとうてい説明できそうにない。
だから… ここでは多分に偶発的であったとしても、逆翻訳ウイルスによる生物の作為的変異の可能性について考えてみたい。
進化の過程でたまたま生じた「役立つタンパク」を「RNA化、またはDNA化」できるような「画期的な遺伝子の作用」がなければ、進化は極めて遅いはずだし、多様な種分化は起こりえないだろう。たとえ何億年かけたとしても、魚類さえ誕生しないのではないか。
水界からの陸棲化などはさらに至難である。
例えば魚類から両生類が進化するためには、
体表をウロコ→皮膚に
呼吸をエラ→肺(と皮膚)に
ヒレ→四足
幼生→成体に(変態)
尾有り→尾無し、というか廃止(アポトーシス)
外見的なことをざっと数えてもこんなにたくさんの課題を解決する必要がある。
体内の仕組みはさらに複雑で、
剥き出しの卵→ゼリー層に包まれた卵
内部骨格の配置換え
筋肉の付け替え
…などといったたくさんの
「それぞれ不可能に近いことを」
「しかもほとんど同時にやり遂げなければ」
…両生類は誕生しないのだ。
こうした生物の進化にも逆翻訳や逆転写の機能を持つ「何か」が関わった可能性は大きいのではないか。
「何か」をウイルスとすると都合の良いことがある。それは「遺伝子の感染および伝染」である。通常の「受精」では、遺伝子の交換は生殖の時期にしか起こらないし、そもそもある程度の時間(齢)に達するまで生殖は不可能である。
しかし感染や伝染なら、種内に瞬く間に広がり得る。エイズウイルスなどが宿主細胞内でDNA化したあと、次にウイルス化するときに宿主の遺伝子の一部を持ち出すことがあるのは、既に知られたことでもある。
偶然生じた異常タンパクや分子シャペロンによる成型に失敗したタンパクは、通常はオートファジーなどで分解される。また宇宙放射線などによる突然変異によって生じたタンパク質も、通常は一個体の、ほんの1部分の変異として個体の死と共に消滅するものである。
しかし…
たまたま生じたタンパク質などが、病原体である「仮説ウイルス」にとって有用であったならば…
逆翻訳後に逆転写され、生じたDNAがその個体の「生殖細胞」に組み込まれることがあれば、その後は「遺伝子」として子孫に残り得るはずではないだろうか。
むしろこういった「病原体による遺伝子の選抜」があってこそ、地球上の多様な生物が生まれたのではないかと今は思い始めている。
「選抜」の理由… それはその種や個体の勝ち残りこそ、「病原体」の勝利に直結するからだ。宿主をシクシクと搾り取るのが「高等な病原体」である。そしてその「選抜」こそが、生物進化の原動力となっているように思えるのだ。
極言すれば… むしろ逆翻訳ウイルスによって、生物は「進化させられた」と表現するほうが適切であるかも知れないのだ。
結論:「逆翻訳酵素と逆転写酵素は進化に不可欠なツールだ」という仮説は、大進化論の欠点を補えるという意味で魅力的である。