魅入られて 3-2 仲裁

2節 仲裁

 

 ここ3日ほど、なぜか誰とも連絡を取っていなかった。

 

 強いて言うなら、なんとなく不吉な気配を感じていたから… としか表現できない。

なぜか、連絡を取るのが怖い感情が先に立ち、夢中になれない醒めた自身を意識するようになってきたせいもある。

 彼女たちの親にバレるかもしれない。

 管理職にバレているかもしれない。

 県のサイバーパトロールにマークされているかもしれない。

 

 卒業したら、ゆっくりとお茶くらいは飲めるだろうし、しばらくは冬眠… いやいっそ真空冷凍パックにしてしまおうか…

 

 それに… まあ少なくとも褒められたことではないなというだけでなく、ミキからの連絡の内容に、なんとなく不穏な陰影を見た気がするからでもある。


 確かな根拠があるワケではない。ただ… かつての開放的な空気ではなく、装われた雰囲気であるかのような違和感というか疑問のようなものを抱くようになっていたのだろうか。

 そして、そんな雰囲気を察したミキも… そうしてお互いが知らず知らずのうちに自然に距離を取りあうようになっていたのかも知れない。


 それに… ミキが自転車置き場で誰かにコクられているらしい場面を目撃してしまったことも一因である。

 まあ、口惜しいけど、それも仕方のないことでもある。

 

 そんな十一月中旬過ぎ、準備室で昼食を摂ろうとしていると、ノックが聞こえた。

 見ればノゾミが廊下に立っている。いくぶん猫背気味で立ち姿に覇気がなく、悄然として見える。たぶん昼はまだ食べてはいない。…とすると、なにかあったかな?

 

 ノゾミはどちらかと言うと色白で小柄、一見豪快に見えるが、歩き方は内また気味に静かに歩く…じつは繊細な精神の持ち主だ。そしてこよなく「甘納豆」を好む娘である。

 

『失礼します 入っていいですか?』
「いつでもどうぞ、ひさびさだね」


『先生、聞いてください』
「もちろん… どしたん?」
『いまユリとミキとアタシがうまく行ってないの、知ってますか?』


「まい おーがっぁ!  いや、ぜんぜん… そういや最近はあの娘たちとも接点がなくてね、ごめん…」
『聞いてないんだ』
「聞くって誰に? ま、いいや、何があったの?」

 

『最初はささいなことだったんです。きっかけはノートの貸し借りで…』

ちょっと涙声が混じってきている。


「返さなかったとか?」
『いいえ、返し方が気に入らなかったみたいなんです』
「誰が?」
『ミキがユリに。あたしもそんなことあったから、ちょっとミキに味方しちゃったから…』
「ノゾミとユリも、ね」
『それだけじゃなくて、ミキとも…』


「え、なんでだろ?」

『余計なことしないでって… 味方がほしいワケじゃないからって…』

と本格的に涙ぐむ。


『ノゾミね、辛くて居場所がないから、昼休みここに居ても良いですか?』
「それはかまわんけど… 食べなくていいのか?」
『ええ』
「ま、せめて紅茶でも飲みなはれや」
わざとおどけて、紅茶を入れたマグカップを差し出した。

 

「思い切り吐き出していくさ。少しはすっきりするよ」


『うん… ありがと、先生』

一口飲んで、ちょっと余裕ができたようだ。

 

「じゃ、ミキとユリは?」

念のために訊いてみた。


『たぶん…ミキはアオイたちと、ユリは隣のクラスかも』
「アカネがいたら、また違ってただろうけどな」
『そうですね。何とかならないかな』

 

「こりゃ大変なことになったな」

『だから… ここに来てみたんです』

「ほう?」
『みんなが頼れて、話して、納得できるのって、先生しかいないでしょ?』

「そういうものか?」

『そうです。だから相談に…』

 ノゾミは呟くように話すと、大きくため息をついた。


「わかった、話は聴く。ただ、そのまえにメシを食うのだ。思い詰めるよりもさ、他人事みたいに思うほうが冷静になれるし、考えも浮かぶよ」

『え、でも…』

「だから思い詰めるなって』

『え、でもお弁当は教室に…』

「ほら、好きなのをどうぞ」

私はストックしてあったカップ麺コレクションを取り出しながら言った。


『え、いいんですか?』

「ああ、割り箸も甘納豆もあるさ』

『わぁぁ… じゃ、これを…』

ノゾミは海鮮とんこつ味を選んだ。


 お湯を入れ、三分待つ間に雑談をする。不思議なもので、こうするだけで心の余裕が出てくるのか、笑顔も混じるようになる。


 会話の隙間で、私も彼女の言い分を考えている。

 なるほど… たしかにそうかも知れない。それぞれ個性が強くて、言い出したら安易には妥協しない娘ばかりだ。私が彼女たちとSNSで連絡をとっているのは、仲間内では半ば公然のことでもあるだろう。私は、以前の某トラブルの最中にをノゾミともは連絡をとったこともあったし、それなりの人間関係と信頼関係は築けているはずだった。


 2人でなんとなくヘンテコな昼御飯を食べ、もう少し詳しく事情を聞いてから、私はこう言った。

 

「わかった。ちょっと動いてみようかな。でも期待しすぎないでよ」

『今より悪くはならないでしょ』

「おうおう毒舌だなぁ… いいさ、やってみるけど、ちょっと協力して」

『ありがとうございます… 丁寧に言ったからね、お願い、先生』

 

 結局ノゾミやユリを介してお互いの言い分を聞いたり、手紙や付箋でメッセージのやりとりをしたうえで、最後は関係者全員に準備室においでいただき、お互い涙の「ゴメンね大会」で当面の解決を見ることができた。

 

 事態収拾にはおよそ2週間を要した。

 

 終わってみればケロリとして抱き合ったり談笑したりしている。私は自分だけが置いていかれてポツンと佇んでいる疎外感を感じていた。もうじき雨が降りそうな臭いのする午後だった。

 

 夜になって、ミキからインスタを通じて連絡があった。この垢はユリなどの数人が知っている私の垢だった。

 

『センセイごめんね、ありがとう。ミキはセンセイを巻き込みたくなかったんだよ』
「ミキ、よく我慢したね。いいさ、ノゾミが言うことも無理はない」
『センセイはノゾミの味方?』
「なんで? 結局みんなで仲良くしてほしいからだよ。それがミキやみんなのため」

 

『ミキのこと、まだ思ってくれてる?』
「おーまいがっ! もちろん! うたがう?」
『ぜんぜん… あたしね』
「な~に?」
『親の監視と干渉がスゴイの。センセイ巻き込みたくなかったけど』


「えっ なんか不安」
『泳がされてるかな?』
「おサカナさん かわいいって?」
『そうじゃなくて…』


「どした?」

『センセイにまた迷惑かけることになってごめんね』
「ふふふ、きょうは疲れただろ… もうおやすみね」
『うん、おやすみなさい。大好き』
「おやすみでちゅ」

『ちゅ! ねえ…』

 

『あのね、眠ったらここに来てほしいの』
「うぉぉっ!  そうだ、今夜はミキがおいでよ」
『うん!!!』
「削除しといて、私もする」

 

 こうして… 途絶えかけていた連絡は、なし崩し的に復活することになった。

 もちろん嬉しさが勝ってはいたが、不安の重量もたやすく負けはしない質量に育っていた。

 いつかこの膨大な質量が「ブラックホール」に発展しないことを願う毎日が続いた。

 

 なにかがおかしい… 私はずいぶん臆病になったものだと、ぼんやり考えこむこともあった。

 

 

魅入られて 第3章 1節 転進

3章 悪戦苦闘

 

1節 転進

 

 アカネとの関係は自然に休止になった。まさかお見舞いに行くワケにもいかない。SNSで連絡をとるのもはばかられる。私はやきもきしながらも、どうにもしようがなかった。

 

Time will tell …

 

「時」しか解決できないことだってあるんだよ。

 

 ユリの交友関係にも変化が見え、始終ミキという娘とツルむようになっていた。

 

 青縞(あおしま)ミキ。


 ミキは背こそやや小柄でもスタイルは抜群… おっと、私の立場でこんなこと言ったら難ではあるが… そうとしか表現できないような… 

「女性らしさ」を一身に具現化したような身体を持っていた。

 

 敢えて顔立ちには触れないが…。おそらく男性の8割… いや9割以上は「一目惚れ」するのではないだろうか。

 見事なくびれのはいった腰、きりっと緊張感のあるスカート上部の曲線、ブラウスのボタンがケシ飛びそうな二連山。そしてなによりも特徴的なのが、その肌の白さと柔らかさである。

 

 私がまだ大学1年生の夏、3年上の先輩…もちろん男性だが…と鹿児島県の与論島にバカンス?に出掛けたことがある。ちなみに私は同性にはそういう関連の関心はない。

 

 昼のフェリーで帰らなくちゃという日の午前、名残りにちょっとだけひと泳ぎという砂浜。その僅かなひとときに見掛けた同年代の、あの女性のスタイルと肌はスゴかった。お友達かと思えるもうひとりの女性も、スリムだし充分に綺麗で可愛いかった。しかし…

 あの忘れられないカラダの女性には何というか、もう「位が違う」としか表現できない神々しさが備わっていた。元々私はルックスにはさほどの関心はないはずなのだが、あのボディにだけは敬意を表し、「別格」と表現するしかないだろう。

 

 与論の強い日差しの下で、あくまで白く透き通り、全体はむしろ少し痩せているように見えても、肉質というか… なんか牛の品評会みたいだが… あくまで滑らかさと柔らかさが明らかに《見える》のである。

 

 そう、彼女が緩やかに呼吸するたびに、無駄のない腕や腿やお尻は言うに及ばす、はち切れそうなビキニに包まれたバストがたおやかに揺れるのだ。

 

 おわかりいただけようか、無駄無く太くもない二の腕やももやふくらはぎが、いちいち揺れる… 途方もない柔らかさ…

 おそらくメレンゲ級… 生クリームにも比肩すべき餅肌に相違ない。

 

 あの肌に触れてみたい。

 私は… さほどそういう性欲が強い方ではないと思うが、このときばかりはほとんど無意識に立ち上がり、声を掛けていた。まあ、ありていに言えばナンパである。

 

「こんにちはぁ、暑いっすね」

こちらを向いた一瞬が勝負かな…

 

「油断してると私みたいに灼け過ぎちゃいますよ、ほら、真っ赤」

『ふふふ、わ、すごい』

「調子こいて上脱いでサイクリングしたらこんな有様で」

『ははは、気をつけなくちゃ』

「今日が初めてのビーチでしょ?」

『あ、はい… よくわかりますね』

「まだ日焼けしてない感じですから」

『そっか、なるほどぉ』

「サンオイル塗って、パラソルの下にいてもキツイかもですよ、ここは…」

『オイルはさっき… 塗り合いっこしたんです』

「さすがです… お二人はどちらから? 与論は初めてですか?」

『あ、はい東京。昨日飛行機で、ね。学生最後の夏の思い出作り、ね』

「じゃ… その思い出に私たちも加えてください。写真一緒に、お願いします」

 

 こうして写真を一緒に撮っていただいたのだが…

 身を起こして立ち上がるとき、身体の砂を払い落とすとき、肩を組んでいただいてポーズをとるとき… いちいち彼女の肌がしなやかな弾力をもって流動するのである。柔らかくても流れきらず、一瞬高さを失っても刹那に戻り、戻り、過ぎて… 

 震えるのだ。

もはや芸術の領域であった。その気高さから目を背けることができなかった。

 私のココロも震えていた。こんな… こんな女性が本当に存在していたんだ…!

 

 そっと腰に手を回し、やや怖じ気づきながらもその肌に触れたとき… 至福だった。

せめてこのあと、あと一時間でも余裕があれば… もう少し仲良くなれたかもしれない… 

 なんてね、可能性はゼロではないにしても、まあゼロだろうな…

 

 あの器量なら、当然身近な男性が放っておくはずもない。でも名前と電話番号くらいは聞き出したかったなぁ…

 そんな思い出と感触は… いまもって忘れることはない記憶の残り香になっていた。

 

 おい、なんの話だ?

 

 そうだ、ミキだった。ミキは「私の中の、あの伝説の女性」に匹敵する身体を持つ女性だった。このままグラドルになってもすぐ一流になれるだろう。一目でそう思った。

 JKを見慣れてきた私… 飽きる程に… そんな私でも、思わず息を飲む容姿を持っていた。

 あ、ただしIQ方面については保証の限りではないが、社交性とおしゃべりはひとをそらさなかった。

 つまりは… とても魅力的だった。

 

 勝気で陽気、快活な性格なミキは、

『ミキはね、文科系科目にはちょっと自信があるの』

と自慢げに話してくれた。

 本来は一つ学年が上なのだが、昨年体調を大きく崩したとかで休学届が提出され、結果として留年したため、アキやアカネたちと同級生になったのだという。

 

 今年は二学期から復学し、様子を見ながら登校しているらしい。負けん気が強く笑顔がさわやかで、アイドル顔負けのルックス、いかにも女性らしい胸と腰のシルエット…

 ただ片耳の耳殻の発達がやや不十分で、本人はそれをひどく気にしており、常に髪で隠す習慣がついている… とは言っても、ナニ、よほど念を入れて観察しなければわかるはずの無い程度のものである。

 

 ミキは究極の片手間文化部「郷土研究部」、ありていに言えば「帰宅部」なので、放課後はまあヒマである。ミキもユリも私が授業担当ということはないけれど、十一月下旬頃からちょくちょく遊びに来るようになっていた。

 

 そして私はというと、アカネとのココロの隙間を埋める形で、ミキとの交流がいつか始まっていたのだ。いつからかな、と思い出そうとしても、きっかけが「ユリの友達」から始まった行きがかりからか、はっきりとはわからない。

 

 元々は撮った写真を送るためのSNSだったが、いつの間にか「親し気な」会話が始まっていた。ミキにもまた、アカネに負けない別の楽しさがあった。積極的でパワフルで、性格は基本さっぱりしている。

 ただ嫉妬心はヒトの三倍は強く、これだけはアキやアカネとよく似ていた。

 

 ミキの友達関係はアカネとかぶるところが多くて、私には有難かった。友達と一緒に話に来るときもあったし、独りで相談にきたこともあった。自然、私とミキの距離は急速に近づいていった。

 

『サ ム イ』
「寒いね」
『なんとも ない?』
「サミーに決まってライ! こたつが親友」

『あ、こたつズルい』

「もう離さないよ、こたつちゃん」


『あああ、早くデートしてみたいな』
「え、それ隣は私?」
『うん なにする』
「手つなぎ憧れ」
『恋人つなぎ知ってる?』
「繋いで、絡ませるアレ?」
『それしたい!』


「行く先希望は?」
『水族館か夢の国』

「みんな夢の国好きだなぁ すげえ待つのに」
『ミキは平気 余裕だよ』
「おーまいがっ! 寒空も炎天下も死ねる」


『ほんとはね』
「ほんとは?」
『どこでもいい。二人なら』
「意味深…」

 

  そんな会話のなかで、彼女もまた彼女の悩みを、打ち明けてくれるようになってきた。

 それはそれとして、私がバラすことはしたくない。

 

 しかしミキは美人過ぎるようで、耳に入るスキャンダルには事欠かなかった。しかも彼女にまつわるウワサのバリエーションは多彩だった。

 

 いわく、芸能事務所にスカウトされている。その程度ならなんでもない。

 

 いわく、中学の教員にプロポーズされたとか、その教員が手を出したのがバレてクビになったとか。

 いわく、高校の先輩が指輪を持ってプロポーズしたとか、その指輪が盗で、その先輩はただいま少年院服役中とか。

 いわく、肉体関係を持った同級生が、やがてフラれて自殺したとか寝たきりとか。

 いわく、地元の不良に強姦されたとか、スケになってるとか。

 

 ヒトも羨む美人には、美人なりの深刻な悩みがあるものなのだ。

 

『普段もね、少しの油断もできないの』

問わず語りにミキが続ける。

 

『男ってね、大抵アタシのカラダを狙って近づいてくるの。アタシね、そういうのすぐ判るのよ』

おお、隠しても感じる下心ね… 私も気をつけなくちゃ」

『ダイジョブ、ショウと居るときはね、安心してるの… なんでかな?』

「そりゃおかしいな」

『ショウはね、ミキを本気で守ってくれそうだから』

「私もオトコじゃ、中身はオオカミぞ」

『ミキを大切に思ってくれてるイヌさんにはね、無防備なの』

 

 2人だけで会話するとき、ミキは私のことを『ショウ』と呼ぶことがあった。なるほど、昇の音読みはショウだ。

 

「ふふふ、無防備だなんて言って良いの? 私も男の端くれじゃ」

『ショウなら大丈夫。判るの』

「そう言われると襲えないなぁ(笑)」

『あざといでしょ? それにね』

「おーまいがっ! やられたな… それに?」

『ショウは襲わないもん。寄り添ってくれるよ、きっと』

 

 これは想像だが…

 もしもウワサが本当ならば、昨年の休学も男性絡みなのかも知れない。

例えば強姦とか、妊娠とか、相手の自殺とか。彼女は虚弱とか説明されても、到底信じられないほど健康的で明るかった。

 

 でも、ミキはきっと、安らぎを求めている。それだけは私自身とことであるかのようによく解った。

 

そういえば、ミキが言っていたっけな…

『アタシね、明るくなったってよく言われるようになったよ』

「ふふふ、残念ながら去年のミキを知らんからなぁ」

『たぶんね、絶対信じられるヒトに出会えたから… 今のミキだけを見てほしいの』

 

そ、それって… わ、私か?

そんなヤボなこと訊けるワケもないけどさ…

 

このセリフで舞い上がらないオトコが居るだろうか?

しかもすこぶる付きの美少女である。

 

 決して満たされることのない想いを載せた会話は毎晩続き、二人を喜ばせると共に、徐々に二人を苦しめていった。できることなら、本当に「世界でふたりぼっち」になってみたかった。

 

 もし… あのとき本当にふたりぼっちになれたとしたら…

 

 きっと、結ばれたと思う。

 

 私はノボセあがっていた。

 

 あれが演技だったとしたら…

ミキは女優としても秀逸である。必ずスターに成ることができるだろう。

 

 

魅入られて 2-9 断章

9節 断章

 

『そっか…』

 

 沈黙が続く。

 

『やっぱ…』

「やっぱ?』

『やっぱ、みんな脅されたんだね… やっぱやんなきゃダメなのよ』
『うん、でも…』

『でも… でも、家族に迷惑掛けられない。』

『え、でもアタシ彼氏いるし、そりゃかなり気に入ってだけどね、む・か・し・は…』
『アキはズルいよ、最初からの使命じゃん』
『そりゃ… 始めは面白かったし、好きだったけど… でもアカネだって喜んで引き継いだじゃん』


『まあまあ、そうやってうまくいってないから今日呼んだのよ。役割決めよ』
『さすがはミキだよ。でもさ、その役みんなやりたくないんでしょ。絶対恨み買うし』
『好きな人から、恨み買うし、でしょ?』

 ひとたび沈黙が破れると、言い合いが始まる。


 そしてまた沈黙が続く。

みんな言いたいことはあるのに、コトバにするのが億劫なのだ。

 

『だからぁ… 一人でやるのはイヤなんでしょ。ちゃんと分担しよ。』

『仕方ないか…』

『みんな心の中では結論が出てるんでしょ、ねっ?』

『うん』
『そだね、仕方ないよね』

 

『今の担当メインはアタシだから、アタシはキスして触ってもらう位までなら』
『あ、じゃあそれアタシも付き合うよ。あとはどうでも、キスはしてみたいな、ちょっと』
『アタシはそれの記録しなくちゃ。撮影しないと逃げられるかもよ』

『アキ、ズルいよ… でもそれも一理あるね。証拠を残さないと、ね』

 

『あ、あと万一拒否られて、逃げられらどうしようか』
『そうね、逃がさない作戦を立てた方がいいね。なんかアイデアある?』

『ああ、でもやっぱり思い切れない。どうしてもヤルしかないのかなぁ?』

『あ、そうだアカネ。アカネ頭とかお腹が痛くて眠れないこともあるって言ってたよね』
『うん、それが?』
『じゃ、お医者さん行ってさ。そう言ったらおクスリを…』

 

『えっ、なんて言うの』
『生理痛でいいじゃん。無敵だよ』
『15は過ぎてるから、ミン剤は処方してくれるわ』
『ミン剤?』

睡眠導入剤… ハルシオンとか、レンドルミンとかさ』

 

『じゃ、アンタが貰ってきてよ』
『アタシは… 何度もリスカしてるっ…ていうか』
『あはは、そうだったね』
『ある意味オナニーみたいなもんだから… 絶対貰えないよ、テッパン』
『なんで?』
『あのさ、自殺予備軍にくれると思う?』
『あっ、あ、そうか…』

 

『だからね… 生理痛がひどいし、気になることとかで眠れないことが多くからおクスリください…って』
『そんなのでくれる? それで何するの?』
『ヤツを逃がさないようにするのよ』
『ああなるほど、アタシは納得したわ。じゃもらってきて、任せたわよ、アカネ』
『ええ、アタシ?』
『あ、思い出した。そういうものは長老に言えばね、たぶんくれるよ。アタシ見たことある気がする』
『わかった、こんど長老のとこにいくヒトがさ、お願いしてもらってこようよ』

 

『あのさ、いまさらなんだけどさ…』

『なに、もう』

『なんでこんなことするの? ご先祖さまのうらみ?』

『そうだね、どうみても』

『わざわざお近づきになる必要なんてあるの?』

『そうしなきゃさ、セクハラみたいなことしなさそうじゃん、あのひと』

『でも、されたって言えばいいじゃん。されてないけど…』

『あのね、最高に喜ばせたシアワセの絶頂のあとさぁ』

『あ… うん』

『地獄の底に突き落とされたらさ、どんな気分かしら?』

『あああ、なるほどね』

『それが狙いらしいの、長老の… というか、我が一族の』

『でもさ、虐殺の仇とか塚を壊したりとか… 昇じゃないんだよ、ねぇ』

『それは… まあ、そうね』

『なにもここまでする必要ある? 昇死んじゃうかもよ、良いの?』

『まあまあ… そんな興奮しないで』

『だって… 昔過ぎるよ。私テレビで見たよ。前の戦争でさ、原爆落としたアメリカとだって、今は平和に仲良くつきあってるじゃん… 十万人単位で殺されてるのよ。

ねぇ、ちゃんと考えてよ』

『う… それはそうかもしれないけど…』

『でもね、人間は人間の考え方なのよ。アタシたちにはアタシたちのルールがあるの』

 

 

『ねえ、でもやっぱこんなの良くないよ』

嗚咽混じりのか細い声が、精一杯の抵抗を奏でている。


『まだ言ってるの? 家族は大事じゃないの? スゴイことになるよ』
『そう、大丈夫よ、殺すワケじゃないんだから』

『それを盛るのはアタシがやるよ。あんたは見てれば良いだけよ… 問題ないわ』

『もう… 諦めなさい。仕方ないの』

 

続けて同じ声は響いた。

 

『宿命なのよ、アタシたちの…』 

 

 

この日何度目の沈黙のメロディだろうか。

やがて決然とした声が静寂を破った。

『わかった』

 

しかし、その声を後悔するかのように、小さな声帯の振動が伝わった。

『ねえ、でも冬休みあたりにしない? どうせ長老はまもなく冬眠でしょ? お願い、このとおり』
『ははあ… 手加減するのを見られたくないんだ。』
『心の整理ってヤツ? わかったわ。アタシももう少しヤツに近づいておかなくちゃ』

『いいよ… 怒られるなら一緒に怒られてあげるよ、ね』

『そうね、姉妹だもんね、遺伝学上の…』

『ヘンな… とんでもない運命だね』

『それな』

『なんでこんなになっちゃたかなぁ?』

 

『ね、騒ぎが終わったら「夢の国」に行こ?』

『乗った!』

『行こ、ねぇ双子コーデ… 三姉妹コーデしてかない?』

『部活ジャージでさ、ワザとダサクしてくのもアリだね』

 

 彼女たちは…

 急ににぎやかに話しながら、彼女たちの心は「夢の国」には向かっていなかった。

 

 ≪裏切りは許さないよ≫

 ≪どうなるかわかってるよね≫

 

 みんなで交互に「紅色の装飾が付いた髪飾り」を弄びながら互いの目を見交わし、相手の心を読み合っていたのだった。

 

 

 

 

魅入られて 2-8節 爆弾

8節 爆弾

 さて、例の爆弾である。

 

 別の例を挙げて説明してみたい。静岡県島田市は、特殊製紙、実験機材、電波兵器などの軍需産業の他に、空中聴音機部隊や飛行隊と飛行場を持ち、中核都市ながらアメリカにとっては攻撃すべき目標であった。


 一九四五年七月、つまり終戦の三週間ほど前のこと、最初は富山を狙ったB-29(BはBomber、つまり爆撃機)が天候不良で果たせず、変更した目標として島田市が狙われたのである。このとき落とされた爆弾で四十九名の死者が出たと伝えられている。

 

 落とされた爆弾は通称「パンプキン(かぼちゃ)爆弾」。

 なんじゃこりゃというずんぐりしたかぼちゃに似た形と、とんでもない重量が特徴だが、同年八月九日、長崎に落とされた原子爆弾ファットマンと、瓜二つのそっくりさであった。つまりアメリカ軍は…島田市だけでなく、この他日本各地の48か所で原子爆弾投下の練習を行ったのである。パンプキン爆弾は四.五トンもの重量があり、1発落とせば当然飛行機は大揺れする。また投下後は全速力で避退する必要がある…だって原子爆弾だもん。したがって念には念を入れて投下訓練および落下軌道の確認をしたのであった。こうした確認試験に紛れる形で、実は本当に極秘の爆弾の投下が1回だけ行われている。ユキ一家を見舞ったのは、実にその爆弾であった。

 

 ユキの一家近くに落とされた爆弾について、『この爆弾について、公式の記録はない』と紹介した。それもそのはず、その正体は「通常爆弾型劣化ウラン弾」であり、「劣化ウランによる国土の汚染」を目的としたもので、史実からは完全に消されているからである。


 この爆弾は現代の「対戦車用劣化ウラン弾」とは性格が全く異なっている。アメリカは日本国土でのやっかいなゲリラ戦が予想される「日本本土決戦」を避けたかった。理由は、アメリカ兵士に多数の死傷者がでることが確実だったからである。またソ連ソビエト社会主義共和国連邦、現ロシア)の参戦が確実で、北海道や本州北部がソ連軍に占領される前に大日本帝国を降伏させたかったからでもある。

 さらに今後起こるはずの共産主義国ソ連(現ロシア)や中国との対決のために、健全な兵士を温存する必要があったからだ。またそうしなければいけない事情… 大統領選挙で勝つために… があったのだ。

 

 だから日本をやっつけるには、手段は問わずなるべく省エネで行きたいものだ、イエローモンキー(日本人の蔑称)は「神の子」の人類というより「モンキー」なんだから何をしてもいいだろう… それが偽らざる本音であっただろう。

 この爆弾には、日本人が住める国土を狭くして、ボディブローのように国民を痛めつけるという狙いが隠されていた。

 

 黄色いジャップ(これも日本人の蔑称)にお見舞いしてやるための爆弾… それを極秘にする理由は簡単だ。現代流に言えば、それはダーティ極まりない「汚い核物質バラマキ爆弾」であり、バレたら強い国際的非難を招くものだからである。ゆえにアメリカ政府や軍内部でもおそらく数人単位でしか知りえない性質の情報であり、トップシークレット(コンフィデンシャル、機密)であったのだ。

 

 では「劣化ウラン」となにか。
 第二次世界大戦の頃、戦車の装甲はただ厚く、砲弾を通さない強さだけを持つ素材で作られていた。アメリカ軍は「バズーカ砲」という新兵器を開発して、相手国の戦車次々を打ち破っていった。バズーカとは命中した瞬間、先端がスリ鉢型に成形された火薬の威力がまっすぐ前だけに集中する「モンロー効果」と呼ばれる作用で、火柱が防御鋼鈑を突破する砲弾の形式を指す。この方式は、対戦車砲弾自体の発射速度はあまり必要がない(つまり発射時の反動が少なくできる)ため、現在でも歩兵の対戦車戦兵器として用いられている。


 大戦後の敵味方互いの研究の中で、戦車には異なる素材や二重の防御鋼鈑などの複合装甲を装備したり、対戦車段が命中した瞬間に防御鋼鈑自体に仕掛けた火薬を爆発させてモンロー効果を削いだりする防御方法が考案され、実用化された。バズーカはかつての威力を失い、今度は対戦車砲弾が進化する番になった。

 

 次世代の対戦車砲弾は、小さくて重く、細くて硬い弾体で、しゃにむに複合装甲を一点突破するタイプであった。したがってその素材は、原子番号が大きく、単位体積あたりの質量が大きく、しかも硬いものが適しているので、通常は元素記号Wのタングステンという金属を用いる。そしてU(ウラン)という元素も、Wと類似した性質を持っているため、同じ用途に使える金属なのである。

 

 Uは放射性元素であり、原子力発電にも用いられる元素として有名である。初期の原子爆弾にも使われ、ヒロシマに落とされた「原爆」にはウラン140ポンド(約65kg)が含まれ、そのうちの約1.4%(約880g)ほどが核分裂反応を起こしたと計算されている。そのウラン880gの威力は、TNTという高性能火薬約に換算して約15000トンとされ、ヒロシマは一瞬で焼け野原と化したのである。

 

 かの有名なアインシュタイン相対性理論を端的に示す式


  E = mc2  Eはエネルギー、mは質量、cは光速:約30万(km/秒)

によると、E(エネルギー)は質量(≒1gがかかった地上での重さ)と等価、つまり変換できるものであり、僅かな質量が膨大なエネルギーに変わってしまった結果が、あの惨状だったのだ。

 

 そう、「劣化ウラン」の話の途中だった。
 原子番号92のウランを越える原子番号の天然元素は天然には存在しない(僅かに存在することがあとで判明)。原子炉や原子爆弾の素材として必要なのはウラン235(ウランの約0.7%を占める)であり、必要ではないウラン238(ウランの約99.3%を占める)が多すぎて、そのままでは役に立たない。そこで六フッ化ウラン(UF6)という気体に変えてから、ガス遠心分離機やレーザー光等を用いて軽いウラン235を集め、20%以上に濃縮していくのである。このとき不要なウラン238は当然余ることになるが、低レベルながら放射性ウラン235を含むので、迂闊に廃棄できない危険な廃棄物になる。そして当然のように、上に書いた弾頭材料として兵器に利用されるのだ。


 しかしこれも当然のことながら、放射線源であるウラン235少量を含むため、劣化ウラン弾が実用された地域、たとえば湾岸戦争で地上戦が行われた地域では放射能汚染が起き、がんや胎児の奇形が続出したと言われるような、たいへん危険なシロモノである。

 

 ユキ一族の棲む上空に落とされた 「国土の汚染を目的とした劣化ウラン弾」とは何か。端的に言えば、それは劣化ウランで包んだ通常型爆弾である。つまりは、原爆製造の過程で廃棄物になった劣化ウランそのものを、爆薬で広範囲にまき散らすタイプであり、特に風下では数十km以上の放射能汚染を招くはずだった。目的は瞬間的殺人や火災や破壊ではなく、放射線汚染そのもので国土を痛めつけ、じわじわと食料を汚染し、住める土地を奪い、日本人を死の淵に追いつめていくことであった。

 

 幸か不幸か、この爆弾は不発で予定どおりの爆発は起きず、ほんの一部の小規模な汚染が起きただけで済んだため、戦後の混乱もあって一般に知られることはなかった。破損した弾体は、あとで密かに回収されている。

 ここではデマを防ぐために、都市の名前を挙げるのも遠慮しておこう。

 

 それでも、放射能汚染はユキ一族の生活範囲を確実に捉えていた。ヘビの移動力でなんとかなる距離ではなく、おとなしく寝ているしか方法はなかったのである。


 そして… 影響は徐々に表れてきた。良い意味でも、悪い意味でも。

 

 またそれに拍車をかけたのが、殺虫剤「DDT」の相乗的作用であった。
DDTは「ジクロロ ジフェニール トリクロロエタン」の略称で、太平洋戦争後に進駐軍が持ちこみ、衛生状況の悪かった日本に「殺虫剤」として大量に散布された。しかし脊椎動物にも「性ホルモン」的な作用や発がん性、催奇形性、突然変異原性を及ぼしたのである。


 無論放射能汚染やDDTの「直接的影響」なのかどうかは不明だが、無関係とも言い切れない。この辺の事情は原発事故と同様な曖昧さでしか表現することができないだろう。

 そのせいか、因果関係を確実に証明することはできないが、ユキ一族には「常識では考えられない変異」が続いて起きた。それはもはや「進化」ともいうべきものだったかも知れない。

 

 

魅入られて 2-7 予知

7節 予知

 

 世は明治、大正、昭和、平成、令和と進み、世相や人心も遷り変わりもまた甚だしい。

 

 和装は洋装に置き換えられ、髷を結うものは絶無と言っても良い。たまに観光地や京都などで見かけることがあっても、それはTVや映画の撮影だったり、エキストラが誇らしげになんとなさげに目的をもって電車に乗ったりして見せつけるように着ているものである。無知と無教養がブランド化して、大いに流行したこともあった。

 大袈裟に言えば、あたかも末法の世の現出のようでもある。


 そして… コミュニケーションツールの変遷こそ著しかった。

 

 かつての「手紙」や「駕籠」や「早馬」といった手段は、文明開化とともに有線ケーブルを用いた「電信」「電報」「電話」に置き換えられた。しかし…なにかと有線ケーブルは不便でもあった。

 

 無線的通信手段としては、「太鼓の音」のような音波と聴覚的手段を用いたもの、「狼煙(のろし)」のような光と視覚的手段を用いたもの、「伝書バト」のように、非・人的手段を用いたものがあった。いずれも起源はわかっていない。これらの手段に共通する欠点は、情報量が少なく一方向であること、不明確なことを問い合わせられないこと、情報手段を他の者に知られ、逆情報として利用されたときに致命的なダメージを受けることである。

 

 第一次大戦中、ドイツで苦戦中のカナダ大隊が伝書用の「ハト」の補給を受けたときのこと。しかし、腹の空いた兵隊は伝書用には使わず、名物の「ハト肉のミートパイ」にして食べてしまったというエピソードさえある。こうなるとハトにとっては「味方はいなくて全員が敵」という皮肉な結果になるわけだ。


 ハトぽっぽは、相手(つまり敵)にとっては知られたくない情報を運ぶ侮りがたい敵であり、現に『相手陣地に向かって飛ぶハトは全て撃ち落とせ』という命令の記録さえ遺っている。第一次世界大戦の陸上戦は塹壕戦(ざんごうせん:地面を掘った溝を陣地にして戦ったり待機したりする戦い方)が多かったから、これは当然の命令といえるだろう。戦争の前では、ハトぽっぽが可哀そうなどという感情は何の意味もない。


 日本のハトぽっぽ政権はとんちんかんなことばかり… いや、やめておこう。

 

 ドイツ人ヘルツが発信機および受信機の基本を発明すると、イタリア人マルコーニらはこれを実用化しようと工夫を重ねた。はじめは数百mだった伝送距離は6.6km、16kmと伸び、やがて陸上と船舶の間の66海里(約120km)を結べるようになったという。


 1901年には大西洋を挟んだ2点、およそ3500kmの伝送実験に成功したと言われ、港湾施設や船舶への設置が行われるようになった。とくに、あの「タイタニック」の救難信号「SOS: ・・・ー ー ―・・・ ・・・ー ー ―・・・ 」が受信された事実が伝わってからは、一気に装備の普及が進んだと言われている。

 

  「モールス符号を用いた電気通信(電信)」は、当然ながら外交的および軍事的な要求からまたたく間に普及した。例えば日本とヨーロッパの間の通信は、手紙や人間ではスエズ運河を使ってさえ、最短で二か月は見込む必要があった。しかし無線電信ならば、いくつかの中継所を用いて、即日に近く伝わるのである。


 もっとも… 中継所近くやその他の場所でもアンテナと受信機(レシーバー)さえあれば盗聴は可能であり、筒抜けを防ぐためには「暗号」を用いる必要はあったが…


 かといって有線通信もやはり危ない。現に日露戦争から太平洋戦争中の大日本帝国と欧州諸国の政府間、または大使館等のやりとりは、ロシアによって盗聴されていた。電話会社のケーブルは「シベリア鉄道」に沿って敷設されていたのである。そして言うまでもなく「シベリア鉄道」の元締めはロシアであり、電話会社の大株主もまたロシアであった…


 暗号解読の理屈は面白いが、いざやるとなると途方もない根気と労力と紙とが必要である。

 例えばアメリカ軍の暗号解読メンバーは、日本語の官庁のコトバの特徴に目をつけ、これを解く参考書にしたという。


 例えば文の語尾には

  …アリ

  …ナリ

  …スベシ

  …ナドトイフ(などと言う)

などというコトバが多用されること。


  マスマス

  シバシバ

  タビタビ

などのメガネコトバがシバシバ使われること。


 そんな特徴を把握分析しつつ、怪しそうな誰かの身分照会をしてみたりするのだ。


 仮に露国人(ロシア人)プーチルの身分照会をすると、日本政府からはアメリカの日本大使館に向かって暗号で回答①があるだろう。

 日本大使館ではそれを翻訳、平文化(普通の文に変える)して回答②を寄越すだろう。


 暗号化された①と②を比べれば、たとえ語順を入れ替えてあったとしても、必ずなヒントは掴める。そこには露国人プーチルの名前が何度も現れているだろうし、語尾やメガネコトバなども重大な目印になるだろう。

 日本語の構造は特殊で、どの言語よりも難しい…とされてきたが、こうしたアタックを何度も繰り返していけばいつか解けるものらしい。


 だから…暗号というものは本当はシバシバ変更する必要があるのだが、手間もカネもかかるうえに効果が見えにくいものだ。変更した場合でも全面的変更ではなくマイナー変更が多かったという。

 つまり…日本の暗号は、使い方を誤ったせいで、思うより脆弱だったのだ。


 そんなワケで… 昔の暗号は、まあ数と頑張りで解けたものらしい。

 現代人の量子化暗号は解読が不可能とも言われている。しかし、いつか解ける日も来ることだろう。

 

 無線通信も始めはトンツー方式で伝送の遅いのモールス信号から、AMやSSBの片通話方式(シンプレックス:ひとりが話す間、もうひとりは聞くだけ)へ、やがては周波数を浪費するが音質の良いFMに代わり、いまでは携帯電話による両通話方式(デュープレックス:ふたりが同時に普通に会話できる)があたりまえとなっている。

 

 これがまた… アプリ(アプリケーション)によっては企業からの広告収入のおかげで、料金さえ無料というウソのような世の中で… ユキ(蛇塚の起源にあたる蛇)や弥吉(ユキを斬って重症を負わせたあと、自らの過失で失血死した人間)の時代とはまさに隔世。
 しかし、ユキたちの執念と怨念は、二百余年を超えて一族に受け継がれていた。

 

 ユキ、そしてユキの子にあたるアオとギンはあれからどうなったか。

 そう、彼らの会話術は着実に進歩していた。もともと、ヘビとは穴居性のトカゲが肢を失くした一族である。暗い場所での生活に適応するのは早かった。また暗いがために、視覚は衰えたが聴覚や嗅覚が異様に発達し、第6感が鋭くなっていた。


 ヤコブソン器官を酷使、と言えるほどに用いた結果、特に大脳皮質の発達が著しくなった。ヒトのそばにいる生活が、彼らに言語と教養を与えた。
 ただ… それだけのことならば、単に「少々変わった頭良さげなヘビの誕生」で終わったことだろう。

 

 不思議で不幸な偶然は、太平洋戦争によってアメリカ軍によってもたらされたと思われる。

 その偶然とは… 燃焼性のナパーム弾による爆撃と、現在でも極秘の「通常爆弾型劣化ウラン弾」と戦後の進駐軍がもたらした殺虫剤「DDT(Dichloro-diphenyl-trichloroethane:ジクロロ・ジフェニール・トリクロロエタン)」の相乗的作用とでも説明するしかない、不可思議な突然変異だった。


 ナパーム弾は、ガソリンに粘り気を与え、木造家屋を焼き尽くすことに特化した、あまりにも有名な爆弾である。1945年3月10日、非武装の日本人を含めた「無差別爆撃」で東京の下町あたりを焼き払ったアノ爆弾である。

 

 ナパーム弾は蛇一族の棲む町にも落とされた。一族は空襲の不幸を予見したものの、穴から出る方がむしろ危険だという予測で一致した。結果的に周囲2km以内で焼け残った建物はなかった。しかし一族の住処周辺は爆弾の直撃を免れ、地下であるがために熱風と酸素欠乏と一酸化炭素による酸欠死を迎えずにすんだのだ。たしかにエサである小動物や虫が減って、飢えに苦しむ日々はあったが、もともと変温動物で絶食には相当強いことが幸いした。

 

 それから三か月ほど経ったある日のこと、4機の戦闘機に続いて1機の爆撃機がやってきた。一族はこれも予見していた。しかし誰も、どこにも逃げることはなかった。この住処を出ることは、すなわち死ぬことだと誰もが予見し、逃げ出すことを拒んだからである。誰かが住処の下層に移動すると不安感が減ることに気付き、みんなで下層へ移動し、さらに下層階を住みやすく整えて、運命の日を待つことにしていたのである。爆撃機は落とした… 運命の一弾を。


 この爆弾について、公式の記録はない。しかし…通常の空襲ではなかったことを、さまざまな状況証拠がしめしていた。

 

 予見。あらかじめ、つまり事前に予知すること。

 そんなことが可能なのか、という前に、実際そんな体験はないだろうか。
いわく、正夢。いわく、ムシの知らせ。いわく、第六感。いわく、デジャブ(既視感)。古今東西を問わず、そんな体験があったからこそ生まれたコトバであるにちがいない。

 

 私は、家族のだれもが気付かなかった泥棒の襲来を、感知したことがある…2回も。


明らかに痕跡が遺っていたから、来たことだけは間違いない。
 一度目は庭中に地下足袋の足跡と「大便」が。
 二度目には雨戸を鑿(ノミ)で削って外そうとした痕跡が。


 あのとき私が騒いで一家が起きなければどうなっていたかは誰にもわからない。少なくとも… 平和の使者でないことはたしかであった。子供の頃の、おそらくはリアルタイムのまがまがしくもひそやかな物音を無意識で感じた感覚であり、予知とするのは烏滸がましいかもしれない。
  
 しかし… 今回の、この大大大災難を感じることはできなかったしな…

 いやちょっと待てよ…

 この高校への転勤をあんなに身体がイヤがっていたじゃないか…

 

話を戻そう。

 普段の観察や経験を通して、何らかの異変に意識しなくても勘づくことが大切なのだが、必ずしも正鵠を射るわけではないことが、学問として認められない理由だろう。


 蛇一族の「勘」は、このところもはや「予知」と言えるまでの練度に達していたが、ときに外れることもあった。そのために重大な行動を伴う「予知」は、一家で情報を交換し、同意する必要があったのである。


 

魅入られて 2-6 途絶

6節 途絶


 何度目かの「SNS中断と再開」を経て交流は続いていた。そういう点では、私にも責任はあることは自覚している。 

 ただ、共に相手を想い合っているという確信は、恋は盲目とまではいかないまでも周囲を軽くみてしまうことに繋がってしまっていた。


 ラインは相手の情報がある程度残ってしまう。表示される名前を変えても、会話の内容を見れば、相手の特定は容易だろう。警戒すべきはアカネの親だから、これでは意味がない。インスタグラムのアカウント(垢)は頑張れば5つほど持てるし、お互いが知っている。


 そこでお互いがお互い専用の垢を持ち、フォローし合わない関係を維持することにした。一見無関係の、実は親密な関係である。これでDMも送れるしビデオ通話もできる。文の中で私たちは「ブルー」と「モエ」になり、互いに呼び合うことにした。お互い事情が許すときにはビデオ通話にして、声を忍び、互いの顔を映し合って無声音でささやきあうのだ。


『大好き』
「ありがとう」
『会いたいね』
「そう、隣がいいね」
『手をつないで』
「手に汗かいちゃう」


 時にアカネは大胆だった。寝起きのスッピン顔でビデオ通話に出てきたこともある。もう少ししたら出掛けるからと、更衣しながらビデオ通話してきたこともある。当然服は着用していたが、際どかったことも否定はできない。だって…下着だけだなんて思わなかったぜぃ。

 また2度ほどはシャワールームからの通話があって… さすがに声だけで…自分の姿をカメラに向けることはなかった。当たり前か…


 そうしてアカネが自然に心を許してくれていたことに満足していた。ただし、大切な後始末を忘れてはならない。今夜の会話が終わったら、DMの会話を削除すること。アカネはたいていこれを守ってくれていたようだが、たまに忘れることもあって私をヒヤヒヤさせた。


 私のインスタ秘密垢はフォローもせず、されず、写真を載せるわけでもなくストーリーズへの参加もなく見た目マッサラのままだった。目的はDM、ときにビデオだったから、当たり前だ。下手に何かの手掛かりを残して、周囲に気付かれたくはない。


 プロフィール写真は花などでごまかし、書いてある名前も内容もデタラメ、まあ何でも良かったワケだ。ときおり似たような垢を見掛けることがあるが、たぶんそういう事情なのかとスルーすることにしている。


 アキの場合、アキのお気に入りのキャラをプロフィール写真にしたら、周囲に『あの垢アキのでしょ?』と指摘されたそうだ。げにJK集団はおそロシア


 アカネはさすがに心得ていて、まるでガサツな男みたいなプロフィール写真だった。名前は「ホダカ」だって、ヒヒヒヒヒ。


 毎日が消化試合のように過ぎていった。一生懸命でないとは言えないが、打ち込んでいるとまでは言えない。この半端な気持ちが繰り返されて、時に叫びたくなることもあった。


 そのへんは生徒さんと「お互いさま」と言える状況だったかもしれない。


 打ち込んではいなくても、私の授業の質は悪くはないと思っていた。それは…どの高校でも、誰が作ったテストであっても、私の担当クラスの平均点は悪くても互角、たいていは数点は上だったからだし、赤点(欠点)を滅多に出さない…というか出す必要がない成績を生徒諸君が獲得してくれたからでもある。むろん普段から意識しないとこういう成果の差は表れないものだ。


 ときには授業中にはこんなことを言って気を引くのだ。


「さて、今日は次の期末テストの問題をバラシテ… 知りたい?」
『知りたい! 教えてください』
ノリの良い生徒さんが声を上げてくれる。


「じゃ、公開で教えちゃうから、しっかりマスターしてよ」
『ええ、それ難しいですか?』
「そうくると思って覚える方法を考えといたよ。知りたい?」
『しりた~い!(多数) おしえて~(多数)』


「じゃ、ちゃんとやってよ。みんなができないと、私虚しいじゃん」
『まかせてください』
と応えるのはお調子者である… なんちゃって。協力してくれてありがとう。

 

 ただ、こちとら生徒が何と言おうと、結局は説明するつもりなのだ。


「ホルモンの暗記とかさ、ヒトの顔と名前と性格と趣味を一致させるようなもんだから。いろいろ関連させた連歌を作ったから、参考にして覚えてね。いくよ」


 パソコン画面を黒板に投影しながら、例えばホルモンの名称と働きと内分泌線の名称を関連付けるフレーズを紹介し、必要なところは板書する。むろん私のオリジナル作品である。


【語呂合わせ連歌】:血糖値に関わるホルモンと部位と作用の覚え方


① 乱暴飲酒、 健康低下  ← 常識がツールに! 
 すい臓ランゲルハンス島B細胞から出るインスリンは健康も血糖も下げる


② グリコランナー、 グルグル上昇(グ〇コのランニングおじさんのイメージ)
 グリコーゲンは、すい臓ランゲルハンス島A細胞が出すグルカゴンが肝臓に働きかけることでグルコースに分解され、血糖が上昇する


③ あ、どれ上昇?  服ジーンズ?  
 アドレナリンでも血糖上昇、副腎髄質


④ 被服担当官、こっち来いよ!   ← ランニングもジーンズも服繋がり
 副腎皮質は、肝臓にタンパク質を糖化するように命じる「糖質コルチコイド」を分泌する《登録販売の問題では「アルデステロン」という名になる》



【語呂合わせ5・7・5】:その他ホルモンの部位と作用の覚え方


⑤ 紅葉の 水彩、九州ソバ農家
 後葉から出る 水(みず)の再吸収を促進するホルモンは
  バソ(そば)プレシン、脳下垂体…


⑥ 骨太な パラリンピックの 服向上
 骨太でCaを連想してください…  パラトルモンは Ca(カルシウム)と
 P(リン)の調節、副甲状腺


⑦ 工場で チロッと愛して 変態か?
 甲状腺が出す チロキシンはI(あい:ヨウ素)を含み、 両生類の変態や、
 異化(細胞の代謝)を促す


⑧ 火吹く人 納豆すすって ここ来いよ
 副腎皮質から出て 原尿からのNa(ナトリウム)イオンの再吸収(啜る)に
  関わるのは 鉱(コう)質(コ)ルチ(コ)イド。
 ちなみに人(ヒト)はジン(腎臓)の読みとかけてあります。


「ここは無理やりでもマスターするしかないところなんだよ

からしっかり覚えてね。
次回からしつこく小テストやるから…いいね」


『え、むり~』と『わかんな~い』と『やだぁ』の声が交錯する


「でも何にもないよりはラクになったでしょ? 
 私も赤点出したくないし、全員がここだけはちゃんとやっといてよ」

こういうダメ押しも結構重要だったりする。


 こんな感じで授業を進めていても、内面は鬱病のようだった。


私はいったい何をしているのか…


 なのに…周囲の方に、ときどき「明るい人物」だと言われたのは不思議だった。
そんな…無論演技だ。



 インスタ交際は誰にも悟られず順調に続いていた。もしかしたらユリだけは知っていたかも知れない。ときに深夜におよび、アカネが寝落ちしてしまうこともあった。


『温もりがほしくない?』
「ほしい、アンカ!」
『そんなときどうする』
「アンカを作るか、買う」
『いるじゃん』
「会えないじゃん」
『会いたいね』


「そうだな… フクロウさんになる」
『ホー なって?』
「アカネのとこに飛んでく」
『きてきて! はやく』
「窓開けといて」
『まってる』


「アカネの家ってどこ?」
『駅前近くのファミレスわかる?』
「うむ」
『歩いて東に五十歩』
「あの辺かな」
『そこのお家の北側の、桃色のお家だよ』
「いくぅ」
『ねぇまってる』


 しかしなぜか十一月上旬になって、会話の内容が一変した。会話も甘えもないわけではないが、なぜか「ゲノム」とか「DNA」というコトバについての質問がやたらに増えてきたのだ。


『教えて!』
「なんでもどうぞ」
『ゲノムって結局何?』
「その生物に必要最少の遺伝子セット。去年教わったら? 誰かにさ」
『ほぼ寝てたもん。最近知りたくてさ、それどういう意味?』


「ヒトなら染色体46本中の半数23本分。精子や卵細胞1つの中に入ってる染色体だよ」

『どの生き物も同じ?』
ショウジョウバエ8本、エンドウ14本、ザリガニは200とか」
『ヘビさんは?』
「シマヘビは16本、だから1ゲノムは8本だね。他は知らない」
『それで性別が決まる?』
「そういうのも、違うのもいるよ」


 脊椎動物の哺乳類はX染色体2本がメス、X1本Y染色体1本がオスになるけど、ワニやカメなどの爬虫類は、染色体よりもむしろ卵の孵化までの温度が重要だ。たとえばミシシッピーワニは、30℃ではすべてメスに、33.5℃で孵卵するとすべてオスになるという。


『先生、たとえば人間とヘビは合いの子はできる?』
「いまのテクでは無理」
『DNAが違うから?』
「DNA数=染色体数。そこにある遺伝子の種類も数も違うから」


「でも染色体ってみんなXみたいな塊でしょ?」
「うん。そのDNAの長さとか遺伝子の種類や数や並び方は、生き物ごとに違うんだ」
『むずいね』
「ヒトでは遺伝子2万種、タンパク10万種、染色体のDNAを繋ぐと1m、塩基対数約30億」

「待って先生、頭痛来た」

ざっとこんな感じである。


 唐突にアカネが登校してこなくなった。朝起きて来ないので兄が様子を見にいったところ、意識を失くしたアカネを発見したらしい、とユリが話してくれた。ただ…心当たりはないこともない。実は直前の日曜日の午前、アカネとはこんな会話をしていたからだ。


『ねえ今から会ってくれない?』
「それは無理。生徒だし、スマホGPS監視付きだろ?」
『今日は大丈夫。家族いないの』
「…とはいえ、今からお出かけ」
『先生ひとりで?』
「ふたりで」


『ねえどうしてもだめ? 3時間後でも』
「うん。じゃ明日学校で」
『今じゃないと意味がないの』
「そんな緊急?」
『アカネには緊急なの!』
「だから無理だって… じゃ出掛けるよ」


『そっか。アカネは大事じゃない?』
「大事だけど、今は無理」
『そう、あきらめるよ』
「削除お願い」
『はぁい』


 こんな会話の後だから…気にならないワケがない。しかし…これを他人に語るワケにはいかなかった。


 かつての問わず語りでは、アカネの家族は母、兄、アキ、弟の4人で、親戚は北関東に多く、お墓は栃木だか群馬方面らしい。私を気に入った理由の1つが「父」を求める気持ちであったのだろう。家計が苦しそうな形跡は感じたことがなく、それなり潤った生活をしていたはずだ。何度か見た写真や送られてきた写真でも、身形は常にファッショナブルだった。でも何度か隠れバイトをしたとも言っていたし、正確なことはわからない。水泳で鍛えた身体にいったい何が起きたのだろう? 


 あるいは、もしかして…



魅入られて 2-4 継続  2-5 処分

4節 継続

 

 十月上旬、あのあと教育委員会の沙汰を待つ間に修学旅行があった。

 

 学校にとってすでに「問題教員」だったのに、こういう引率はしっかり行かされた。ほんと行きたくないのにね… 

 体調管理に自信がない私は、海外とはいえまずます近めの台湾で良かったと、自分を納得させていた。これならいざとなれば泳いで帰れるし…

 

 いや、ムリだってば…

 

 そんなたわごとを言いたくなるくらいに… 実は過去の修学旅行では幾度も幾度もひどい目にあっていたからである。発熱、不眠、中耳炎手術、行く前からの肺炎で引率交代。黒歴史を挙げると、自分がみじめになってくる。

 

 私が修学旅行の間、彼女たちは京都への研修旅行に出かける。この間だけは、アカネの親の監視の目も届くまい。ラインはすでにマークされている。私はスマホの任意提出を拒否したけれど、アカネの親がその後どうしたかはわからないし、両者の協議の様子もわからない。


 だから… アカネのスマホに県教委のサイバーパトロールの目が届いているのか…その実証も兼ねて、インスタグラムのDMで連絡を取ってみることにした… 結構勇気は必要だ。ただし、名前だけはせめて仮名にしようか。

 アカネは「サキ」、ユリは「ミユキ」、アキは「チアキ」、私は「本来の名前」ではなく、「先生」でもなく、ブルーと名乗ることにした。仲立ちはユリが喜んで務めてくれた…というより、ユリを経由してアカネからの提案があったのだ。

 

 初日はこんな様子だった。
『ブルー、久しぶり 実はヒドイ腹痛なの』
「懐かしいな、大丈夫?」
『風邪もヒドイ』
「今カラカエレ」
『ヤダ』
「ジャ オトナシクネテロ」
『ヤダ オハナシスル』

 

「ハハハ、モノズキダナ」
『サキは物好きじゃなくて、大好き… なんてね』
「おーまいがっ! サンキュ。ホント良く寝て、はよ治せ… 祈ってる」
『ありがとう、でもこんな痛くて寝れない』
「ミユキと抱き合うのだ」
『ねむれなーい』

 

「じゃ、気持ちで傍に行くから… 好き おやすみ」
『やだ。チアキもミユキも寝てる サキ眠くないの』

 

「じゃ、ちょっとな。嬉しいけどね、甘えんぼちゃん」
『やった! 台湾ってお土産何?』
「なんだろ… 激臭い臭豆腐かな? 京都は?」
『え それ要らない! 京都は八つ橋か漬物(笑)?』

金閣の白砂、オタベの女の子」

『あ、浮気っ!』

「それ持ってきてくれる女の子」

『うっふん💛 待ってて』

「もちろん。こうかん!」

『ねえ』

「ん?」

「ひらがなさ、わざと?」

『わかった? するどい』

『ねぇ、おうちが恋しい ブルーが恋しい』

「隣で旅したいね、ずっと手を繋いでさ」
『絶対楽しいよね』
「同感」
『約束して』
「うん、いつかね。そう祈ってくる」
『どこで?』
「叶えてくれそうなとこ。さ、目を瞑って」
『寝たら夢に出てきてくれる?』
「かならず行くよ。今日はもうおやすみ」

『明日も連絡してね、待ってるから』
「ついついサキのこと考えちゃう」
『サキもブルーが好き おやすみ』
「おやすみ」

 

 また最終日には
『ねえ、隣にいたいね 切ない』
「うん、瞳に吸い込まれたい」
『ブルー おかしくなってる?』
「なんでサキ」
『たぶん二度と言われないもん』
「そうかも… だけどいつも念じてる」
『旅行終わりたくない。連絡したい』
「そうだよね、耐えられない」
『じきバス着くよ 気持ちはずっといっしょだよ』

 

 帰着後はユリも含めてそっとお土産の交換をした。

 

 そのほかにも、ユリに気付かれないよう彼女の背中越しに「紅色の装飾が付いた髪飾り」をプレゼントとして渡し、アカネからはアキアカネがデザインされたネクタイピンを受け取った。互いの好感を込めての交換だった。

 

 その後はおとなしくSNSを休止し、十月中旬には県庁で事情を説明するハメになった。正直、もう来たくないと思ったのだが…

 

 この事情聴取… もっともらしくアホらしい質問とテキトーだらけの答弁の攻防が続くのだが… まあ自粛しておこうかな、いまのところは…

 

 脳の中では… 

 「ここで謹厳な顔をして責めて来るオジサマたちぁ」

 「私と同じ状況になったら…同じ以上の行動するよね、きっと」

 「まあ90%の方々は【とっくに堕とされてる】だろうな…」

 「私はまだそこまで【堕ちてない】んだよね」

 そんなふうな答弁だから… さ。

実際のところ90%では済まないと確信している。闇は深い。

 

 ただし… 条件はある。

少なくともJKに嫌われてはいない、という条件が…。

 


5節 処分

 

 ユリは学校外に新しく恋人ができ、先日はお泊りしたらしい。アキもお熱い青春真っただ中であり、その分アカネが気の毒だった。すれ違うとき目を合わせて笑い合ったり、人目が少ないときには軽く指でタッチしてくることもあった。
 あるとき、始業ベルが鳴る寸前の渡り廊下を私が渡るとき…良い子たちも教室で待っている時刻だが… アカネとユリが急いで対向してきたことがあった。周囲に他の生徒もセンセイも居ない。目で見詰め合ってしまったのは致し方ないだろう。しかし次の瞬間、すれ違いざまにアカネが手を握ってきて… なんて大胆な… 私は驚いた。

 

 もっと驚いたのは反射的に私も握り返してしまっていたこと… である。

二人共に…その手を離すのが惜しくて、三秒ほど手つなぎになってしまった。あとあとのアカネの話では、そのあとユリは何も言わなかったが、ただただ笑い転げていたという。


 ま、そりゃそうだろうな、うん。

 

 

 この間はアカネとのSNS連絡はほぼなく、たまにユリやアキが伝書鳩のようにアカネのメッセージを伝えてきただけだった。アカネは寂しかっただろうけど、私もひたすら寂しかった。今度の聴取の収穫は、十月の修学旅行中のインスタDMが発覚していなかったことだった。ふたりとも関係の再開を願っていたが、迂闊に動くのはまだ危険だと思っていた。

 

 それに… 近頃の私はなぜかひどく怖がりになった気がする。以前までは平気だった暗闇とかが何となく苦手になってきていた。
 こういったJKたちとの関係とかも同様で、用心深くなってきてもいるし、もう離れなきゃ大変なことになるかもしれないと考えこむことが多くなってきたのだ。

 

 しかし… 実際の態度に表すことができなかった。だって、男の子なんだもん…
いや違った… 出ない幽霊に怯えるのは「科学的な態度」とは言えないからだ。そしてそういった怯えを遥かに上回る誘惑が楽しくて魅力的だったからでもある。容易く色気に負ける、その心持ちが、やっぱり男の子なんだよな… うん。そこは男性なら必ずわかっていただけるはずだ。

 自身でおかしい、おかしいと思いながらも、物事に怯えやすくなったことがどうしようもない現実として立ちはだかるようになってきていた。

 


 そんな私に… 十月下旬になって、ようやく教育委員会からお呼び出しがあり、処分がくだされた。

 おーまいがっ!
どうなるんだ、私は…

 そんな、たいしたことはならないはずだ… と考えながらも、ただでさえビビりがちになった私は極度に不安に陥ってい。

 

 結果は「文書戒告」だった。

ふう…


 しかも処分は非公表で前歴も残らないものとされ、事実上の無罪にほっと一息をついたものである。

 …というのは、ビビりながらもすでに二人の連絡は再開されはじめていたからだ。

 

 この数日前にアキとアカネとユリが生物準備室にやってきた。


 アキがかりんとうを食べ、ユリが私と部活業務の打ち合わせをしている間、アカネは私の文房具に可愛いグラフィティ(落書き)を描いていった。そのグラフィティを、私はインスタ垢のプロフィール写真にした。インスタ垢には、電話や過去のインスタでフォローしたヒト同士を勝手に「推し」て表示する機能があるらしい。私の垢をを目ざとく見つけたユリとアカネが私にDMを送り…

 それをきっかけに、再びDM(ダイレクトメッセージ)ごっこを始めてしまったのである。

 

 性懲りのない私であり、アカネであった。しかも当時はそれを愛情だと信じていた。