魅入られて 4-2-1 酵素

2節 酵素

 

「ねぇレイ、もう少し聞いてもいいかな?」

『何? ああ、当分テンテからは離れないよ』

 

「くそっ… じゃあ幽霊さんには実体はないの? 幻覚幻聴全部が自分の脳の産物なの」

『さあ、テンテは自分がどういう生物だかわかってるの?』

「ははは、よく知らんなぁ…」

 

『レイたちも一緒よ。ウイルスってね、病原になるものはよく調べられてるけど、幽霊を見たり感じたりするのは病気じゃないワケだから、誰も調べる人は居ないわ』

「ふむふむ」

『ヒトの十万種のタンパク質だってさ、機能が解ってるのはほんの一部。テンテの解釈だと、レイは【恐怖を煽るタンパク質を大幅に増産する作用を持つ】んでしょ?』

「そゆこと」

 

『まず恐怖タンパク質の設計図をもとに恐怖RNAを逆翻訳する。今度はその恐怖RNAを大量コピー、大量翻訳して通常の数千倍の恐怖タンパクを合成させるのね』

「それで勝手に幻聴幻覚を感じてしまうんだ」

『そうよ、レイは特に何もしないわ。でも他のタイプの幽霊もいるとは思うけど』


「なろほど、そうだよね。

ところで… セントラルドグマでは、DNAからRNAへの転写、RNAからアミノ酸配列への翻訳はどの生物でも共通で、一方向にしか進まないはずの原則だったね」 

『コウモリに憑いてた頃は知らなかったわ。動物に憑いても、恐怖の対象は天敵だもん。まあはっきり言えば、どうでも良かったからさ…』

「ふふ、あとになってセントラルドグマには幾つかの例外が見つかったんだ。例えばヒトエイズウイルス(HIV)みたいに逆転写酵素(Reverse Transcriptase)を持ち、ウイルスRNAをDNA化してヒト細胞に組み込むようなウイルスとか、ね」

 

『そっか、その論法だとレイが逆翻訳酵素を持っててもおかしくないワケね、たしかに…』

「そして、逆転写酵素も一緒に持ってたっておかしくない… ちょっと強引だけどね」

『あ、そうだよね』

「でもどこにも証拠は無いんだな、これが…。私の直感でしかない」

『でもあやふやだった部分があたしにも、ちょっと見えてきた気がするわ』

そう呟いてからちょっと改まり、こちらに向き直って軽く頭を下げてからコトバを続けた。

 

『良かった、ありがとう。テンテと話してみた甲斐があったよ』

私は何と返したら良いのか迷って、結局茫然としていた。

 

レイはさらに続けた。

 『調べてよ、レイのために。アタシだって自分のルーツを知りたいわ』

「おーまいがっ!

私は職場も実験器具も、たぶん退職金も失うことになるんだよ、レイ」

『あははは、アタシも本分を忘れてないわ。じわじわ苦しんで生きる? みっちり苦しんで逝く? テンテを独占したいの。だから死なないで、いっぱい苦しんでほしいの』

 

「ちょっと待って… それって実質一緒の気がするけどな」

『う、よくわかったわね。うふふ』

「たぶん… 喜怒哀楽のギャップの大きさだろ、レイの狙いは。つまり心の動揺の差だな」

『さあ、どうかしら?』

レイは笑ってみせた。

 

 ふと気付けば、もう日は高かった。非現実感と奇妙な現実感が、不意に私の中でひとつになった。とても夢とは思えなかった… しかし、ステキな胸の…良いオンナだったな。

 

 窓の外ではイソヒヨドリが美しい声で、詩を読むようにさえずっている。

 

 ここで改めて、「生物体内での遺伝情報発現の手順」を確認 しておきたい。

 

 私は一応生物の教師だ(った)し、レイはおそらく私の脳内をのぞきながら会話しているので、前置きをあまり必要とせずに会話が成立している。

 

 しかしこの怪奇譚の流れの本質を掴むためには、一度きちんと筋道を明らかにしておいた方が良いように思えるのだ。理科的な常識のある方々には不満かもしれないが、ここはひとつお付き合いいただこうかと思っている。そう言いつつ、自分の脳内を整理するためには欠かせない重要なカギを握る急所なのだ。

 

 通常、生物は

 1⃣ 外界と内部を隔てる境界(細胞膜など)を持ち

 2⃣ 独自の代謝 (化学反応…合成【同化】と分解【異化】)を行い

 3⃣ 生殖(分裂や受精など)によって子孫を遺す。

 

という共通の特徴を持つ。

 その子孫に渡される遺伝情報が「遺伝子」である。ウイルスは1⃣と2⃣の条件を満たさないので、生物とは言えない。いわば、他の細胞を乗っ取って3⃣を行うことができる「特異な化学物質」である。

 そしてウイルスは… 多少の例外はあるものの、普通はタンパク質とDNAまたはRNAだけから構成されている。

 

 3⃣によって子孫に引き継がれるのが「遺伝情報」である。遺伝情報を構成しているのは多数の「遺伝子」である。

 おおまかにだが、この辺までは問題なく飲み込んでいただけるだろうか。

 

 ここからはやや専門的な話になる。面倒なら読み飛ばしてしまっても、本論には直接の影響はないかも知れないが、ディテールのニュアンスは伝わりにくいかもしれない。

 

 さて、「遺伝情報」の正体は何か? 現代科学は明確な答を用意している。

それは「DNA」と呼ばれる化学物質である。

ごくおおざっぱに述べるならば、以下のように遺伝情報が具体的に表に出てくることになっている。

 

(1) 細胞の核の中にある「DNA」という物質

     ↓ 《転写》

(2) 「DNA」の情報を写して造られた「RNA」という物質が核の外へ出る

     ↓ 《翻訳》

(3) 「RNA」の情報を元にして合成された「タンパク質」

 

 この生物共通の遺伝情報の流れを「セントラルドグマ」と称する。

かつてこの「セントラルドグマ」は例外のない全生物共通の過程とされ、また逆行することはないとされた。

 

 では(3)で合成された「タンパク質」とは何か。これまた一筋縄では説明できない曲者…というか、まあスゴい物質なのだ。

 

タンパク質の役割に軽く触れてみよう。

 筋肉を造る(アクチン、ミオシン等)

 物質を運ぶ(アルブミン、輸送タンパク、チャネル、ダイニン、キネシン等)

 情報を伝える(インスリン、アドレナリン、レセプター等)

 代謝(同化や異化)の化学反応を速やかに行わせる「触媒作用」

 

 この触媒の作用を持つタンパク質を、特に「酵素」という。酵素の作用は酸性またはアルカリ性度や温度によって重大な影響を受ける。ヒトが持つ99%以上の酵素は、中性かつ体温の条件であれば効果絶大に働くが、どちらかが少しずれたならば、もう満足には働いてくれない。

 

 さて、この「酵素」が作用して初めて化学反応、つまり代謝が起こる。逆に言えば、酵素が連鎖的にずっと作用しているから、生物は「生きている」のだ。連鎖が何らかの原因で停まることが、すなわち「死」である。

 

 では「酵素」の作用の具体例を挙げてみよう。

 

・アミラーゼまたプチアリン(ドイツ語読み…英語読みならアミレース):唾液などに含まれ、デンプン(アミロース)を麦芽糖(マルトース)に分解する

ATPアーゼ:ATPを分解して、細胞が使うエネルギーを供給する

・カタラーゼ:細胞中で生じる有害な過酸化水素(H2O2)を水と酸素に分解する

ペプシン:胃液中にあって、タンパク質を消化分解する。ただし強酸性中でなければ働かない(ので、胃液は強酸性なのだ)

 

 もう言いたいことはおわかりいただけただろう。生物は酵素(つまりタンパク質)の作用なしでは成り立たない「カラクリ」なのである。筋肉のパワーも視覚も色素も、すべて酵素の作用の結果だとお考えいただきたい。


 言い換えてみれば、生物体とはひたすら酵素の働きを速やかに行わせるための存在なのかも知れない。

 例えば体温。ヒトの場合、ひたすらに36度程度を守り抜きて健康な生活をいとなんでいる。34度未満でも、42度越えでも生命を保つことはできないのである。

 これすべて酵素のため、酵素の御機嫌をとり続けなければならないのだ。


  そして…こうした流れの結果として、

「DNA」→「RNA」→「タンパク質」、つまり酵素が生じ、酵素の触媒作用によってその生物の性質が表れることを「遺伝情報の発現」と称するのである。

 

 今度は角度を変え、化学物質的な観点からそれぞれの物質を眺めてみたい。

 

 まず、タンパク質。タンパク質は、アミノ酸が多数結合したものである。アミノ酸自体には多くの種類があるが、タンパク質を構成できるアミノ酸は二十種類だけで、その数と順序でタンパク質の性質が決まる。

 

 例えばインスリンというタンパク質は、アミノ酸が二十一個並んだ鎖と三十個並んだ鎖で構成されていて、肝臓に「血糖(血液中のブドウ糖濃度、グルコース)」を増やし過ぎないように指示する作用がある。増えた場合は即、肝細胞に働きかけて、グルコースからグリコーゲンを合成させるホルモンなのである。

いわば、細胞同士のメッセージというか、お手紙とような作用を持っているタンパク質と言えよう。


 アミノ酸の例として、グリシングルタミン酸フェニルアラニンメチオニンシステインなどがある。

 

 次にRNARNAはリボ核酸の略号。RNAは「リン酸」、リボースという「糖」、四種類ある「塩基」が一つずつ結合したヌクレオチドが多数鎖状に結合したもの。塩基にはアデニン、シトシン、グアニン、ウラシルの四種類があり、この塩基三つの並ぶ順序がアミノ酸一つに対応している。

 

 例えば、ウラシルが三つ並ぶと「フェニルアラニン」それに一つが対応し、

アデニン-ウラシル―グアニンの順序だと、「メチオニン(合成開始)」

が対応する。この「塩基配列アミノ酸の配列に置き換える過程」を「翻訳」と言う。 

 なお、既出の「逆翻訳」とは、タンパク質の中の「アミノ酸配列を塩基の配列に置き換える過程」を指すが、現代科学では未発見であり、あくまでも仮説である。

 

アミノ酸メチオニン」は→RNA 塩基のアデニン-ウラシル―グアニンの配列に、

 「フェニルアラニン」は→RNA 塩基のウラシル―ウラシル―ウラシルの配列に、

それぞれ置き換えられ、順に結合されてタンパク質合成のための「遺伝子の情報」に変換されることを指す。

 

 今度はDNAだ。DNAはデオキシリボ核酸の略号。DNAは「リン酸」、デオキシリボースという「糖」、4種類ある「塩基」が一つずつ結合したヌクレオチドが多数鎖状に結合したヌクレオチド鎖が、さらにもう一本のヌクレオチド鎖と緩く結合して互いに巻き合った「二重らせん構造」になっている。

 塩基にはアデニン、シトシン、グアニン、チミンの四種類がある

 

 別の表現をすると、掛けた縄ばしごを下から軽くねじった形が「二重らせん構造」で、二本の縄がヌクレオチド鎖、真ん中のはしご段の部分が「二つの塩基」で、必ずシトシンとグアニン、アデニンとチミンが向き合う(相補性という)形になっている分子である。遺伝子の情報は、RNA塩基と同様に「塩基の配列順序」に含まれている。DNAからRNAを合成することを「転写」と言う。

 

 DNAのアデニンは、塩基の相補性に従ってRNAのウラシルに、チミンはアデニンに、シトシンはグアニンに、グアニンはシトシンに核内で正確に「転写」され、このRNAが「翻訳」されてタンパク質が合成される。これが通常の生物体内で起きている「タンパク質合成」の流れである。

 

 その「DNA分子の二重らせん構造」の分子モデルを初めて作った研究者こそがかの高名なワトソン&クリックである。

 

 なおクリックは「セントラルドグマ」の提唱者でもあった。

 


魅入られて 4章 大進化説 1節 感染

4章 大進化説 1節 感染

 

 レイから聞き取ったことを並べてみよう。

 

 ちょっと早目に正体を明かしてしまったけど…と自嘲して、レイというその霊的存在が語り始めた。まず彼女は澤風トンネルに棲まっていた存在であり、私の数代前の直系祖父の霊波と酷似している私に気付いたらしいこと。去年はヨメ殿がいたし、すぐ帰ってしまったから感染できなかったのだと言う。

 

 レイの正体は…

 

 レイは… 元々私の先祖に強姦された後に殺され、この地に埋められた村の女性だった。私にはコウモリの呼気を介して飛沫感染し、元々因縁があったから簡単に免疫リンパ球を騙せたらしい。おそらく背筋に何かがあたったような気がしたとき、本物のコウモリさんが近くに居たに違いない。

 

「おーまいがっ!

そうだったのか… レイさん、知らなかったとはいえゴメンナサイ、本当に。お詫びは…」

『お詫びは…』レイはコトバを重ねてきた。

『お詫びは、たっぷりしていただくわよ』

 

「参ったな… 交渉上手ですね、レイさん」

『ダテに長生きしてないわよ。いろんな動物さんに感染してきたから…』

「感染? それって病気みたい… それでいいんですか?」私は確認してみた。

『そう、感染よ』

レイは肯いた。

『あとね、レイ、でいいよ。お互い気楽でしょ』

 

「そうです… やや、そうだね… サンキュ、レイ」

続けて私がしゃべった。

「やっぱり…か。そんな気もしてたんですよ。幽霊の正体って、逆翻訳酵素(Reverse Translatase)や逆転写酵素(Reverse Transcriptase)を持つウイルス(Virus)なのかな…って」

『テンテの仮説だとね… レイの本体はウイルスみたいね。レイの仮説でもあるわ』

「ウイルスとか…リケッチャとかマイコプラズマとかクラミジアかも。ただね、今は断定する証拠がないんです」

「たしかにややこしいですわね。あれ、変なになっちゃったじゃん。気楽にってお願いしたでしょ? じゃ当面はウイルスでいきましょ…」

「失礼… ウイルスは細胞じゃないけど、細胞を乗っ取れるし、感染するからね」

『レイはテンテの細胞にレイに子ウイルスを作らせるの。その子たちが次のホスト(宿主)を捕まえるのよ。まあテンテの細胞とか、他の動物とかに、ね』

 

「物質の合成分解や、ATP代謝もホストに依存するんだろな。あ、もしかして思考回路も?」

『そうね。アタシ、トンネルではコウモリさんとかタヌキさんに感染していたから、思考もね… まだケダモノっぽいかもね、フフフ』

「フフフじゃないですよ… じゃ今は… やっぱ私に」

『えへっ バレたか… でも思考に共鳴することもあるのよ』

 

 あっからかんと語るレイ。

私もなぜか気がラクになってきた。この異常事態に、ようやく慣れてきたようだ。

 

「なんだ、じゃ私は私自身と話してるの? いや待て…そっか、ハリガネムシか!」

『そういうこと』

 

 大きく肯いたレイの髪が大きく動き… 

目が釘付けになった私。

 

 見事な胸のふくらみだった。

胸はいかにも女性の象徴らしく、世界ナンバーワンだと思ったミキの胸より…

 

いや待て待て、そんなことを描写している時と場合ではない。

 

 ハリガネムシは、コオロギやカマキリの腹から出てくるので有名な寄生虫である。水中に卵を産み、それがトビケラなどの川虫の口に入ると腹中で孵化して育つ。やがて川虫が羽化するとともに陸上に出て、カマキリなどに食べられることで腹中に移動し、カマキリ体内で成長するのである。

 

 そして…ここが大切なところなのだが、普段カマキリやコオロギは、普段自ら水に飛び込むことはない。しかしハリガネムシを腹で飼っている個体は…

 

時節が来れば例外なく飛び込むのである。

 

 飛び込んだカマキリの肛門からはグルグル回りながらハリガネムシが体外に出てくる。まごまごしていると、カマキリごと魚類やカエルに食われてしまうことになるからだ。出てきたハリガネムシは水中に産卵し、その卵が川虫に食われることによって体内に侵入するという繰り返しだ。

 

 この「カマキリなどが自殺的に飛び込みを敢行する」自殺的現象は…

 「腹中のハリガネムシがカマキリの行動を制御していること」

を意味する。つまり寄生虫(パラサイト)は宿主(ホスト)を操っているのだ。

 

 同様なことはネズミとネコの寄生者トキソプラズマに感染したネズミでも起きる。感染ネズミは昼間に出歩くようになり、ネコの小便の臭いに惹かれるという…これらの行動は、ネズミがネコに食われやすいようにトキソプラズマが仕向けている戦略の結果なのだろう。なぜかと言えば… それはトキソプラズマの次の宿主がネコだから… つまり、ネコに寄生したいからである。

 

 レイの言う「そういうこと」とはつまり… 

 私は私自身のつもりで話しているが、本当はすでにレイの手中にあり、レイが私を必要としている今だけは意識操作を緩められている、ということなのだ。

 

「私はすでに乗っ取られてるんだ… レイに」

『フフフ、そういうことね』

「歓迎できないなぁ」

『でもはじめとちょっと事情が変わったの』

「どゆこと?」 

『まあまあ…レイはね、始めは普通に取り憑いて苦しめて復讐しようと思ったの、テンテに』

「普通だね… あ、だから免職待ちか…」

 

『そうね、テンテは苦しんでたでしょ?』

「たしかに…再就職、世間や家族の眼、見る目見られる目、信頼、保険、老後資金、人生計画…すべてが悪い方に変わるだろうから、考えるだけで絶望的に苦しい状況だってこと。もうさぁ、街でかつての生徒とか親とかに会っても恥ずかしいかもじゃん」

 

『そんな苦しみや怨恨の波動が、レイたちのビタミン的栄養なの。いちばん好きなのは、お気に入りの宿主を苦しめること… 代理ミュンヒハウゼンみたいにね』

「苦しみが栄養だって?」

 

『血管の収縮と震え、酸素不足気味の細胞の悲鳴… ステキだわ』

「腹いっぱい、とか達成感とか… そんな感じかな」

『昨日の朝、総毛立ったでしょ? すんごく美味しかったよ、ごちそうさま、またお願いしたいな』

 

「そんな… ぜんぜん共感はできんな… そう言われてもわかんないよ、レイ」

とか言いつつ、あまりに見事な胸のふくらみから目が離せない。

当然レイは視線に気付いているだろう。

 

『ヒトで例えると、セックスの悦びみたいなものよ』 

ほら、やっぱりな…

 

「なるほど、それなら共感できる… ミキとは打ち合わせたの?」

『わかった? ミキ本人とは関係ないけどね、ミキのウイルスと、ね。ミキと旅行のお土産交換したときね』

「あ… レイはマンゴーケーキと一緒に憑いて行ったんだ(笑)」

『あの時レイの分身がミキに乗り感染ったの、テンテに復讐するために』

 

「おーまいがっ!

物騒だなぁ。もう勘弁してよ」

『ダメよ。ここが気に入ってるの。復讐できるしさ。あの時ね、ミキに取り憑いてるウイルスと協定を結んだの。あれは元々蛇とかの爬虫類に感染するウイルスみたいだわ』

「えっ? ミキは人間だろ?」

 

『それが… 言っても良いかな? 言わなきゃわからないか』

「言っちゃって 言っちゃって」

『ミキはヒトとヘビのハイブリッド(雑種)なの、間違いない!』

「えっ!?」

 

 まさに時間が止まった。

瞬時、レイの見事なおっぱいのことも忘れていた

 

 しばらく経って、

『レイも驚いたもん。アキもアカネもそう、たぶんね』

という呟きが響き、再びレイが話し出した。

 

『話せば長い、深い因縁があるらしくてね… あの娘たちの染色体には蛇の遺伝子も含まれてるみたいなの』

「て、展開が急すぎて、ちょっと待って、理解不能かも…」

私は枕元に常備している水を飲んだ。

 

もう一口飲んで落ち着こうとした。

 

「ゴメンね… それで、ヘビの遺伝子持ちってとこだったね」

『うん、だから3人には蛇ウイルスが感染できるけど、レイとはどうも気が合わなくてね』

「なぬ?」

『やたらとテンテを殺そうとするから』

「…と言われても」

『テンテは大学で植物の病原菌を専攻したでしょ?』

「遠い昔にね… あ、絶対寄生菌か」

『そう、レイは絶対寄生菌のタイプだわ』

「生きた宿主細胞だけに感染、つまり私を殺したくはない。シクシク搾り取るワケね」

『うふっ… 察しがいいわね。で、蛇ウイルスさんは強烈な病原タイプなの』

 

「でもさ、そしたらミキは殺されちゃうじゃん、そのウイルスに」

『そこが…どうもよくわかんないの。なんかミキ体内では抑制されてるみたい』

「クスリとかかな? そうだったらそれってすごい科学力だな」

『わかんないわ。なにか条件があるのかも。いざというときは本来の姿に戻るのよ』

「ははぁ、ジャガイモ疫病菌みたいに、まず殺せ、みたいな…」

『そうね、でもホストを殺すとさ、新しいのを捜すのが面倒くさいのよ、レイには』

「私は蛇遺伝子は持たないから、感染の足掛かりにする気だったのかもね、レイを」

 

『そうね… でも庇(ひさし)を貸したら母屋(おもや)を取られそうな雰囲気プンプンだったからね。だからといって無下にもできなくてさ』

「だから先住者として協定を結び、ある意味蛇ウイルスを封じ込めておいたワケだね」

『最初はね。でもヤツらはなかなか諦めなくて』

「寄生者としては下等でサイテー… 気が合わないから協定解消で追放したんですか?」

『そうよ、レイはお代官さまが農民から年貢をとるやりかただからね。でもね、レイの分身もあの娘たちからは追放されちゃったわ… 別に良いけど…』

 

「おいおい上品だな… 私はその農民ということね。そしてレイはウドン粉病菌型だ」

『そういうことかしら、ね』

「ちょっと待って、蛇の染色体数ってヒトと同じ? 異種交配が可能なの?」

『さあ、そこまでは… でもね、追放された分身が言うにはね、染色体を加工した痕跡があったって… あっちはあっちでさ、誰かがすさまじい科学力を持ってるみたい。あの蛇ウイルスさんではないわ… そういう知性はないわね』

 

「レイ、レイはさ、殺された怨念で私に復讐すればいいのに、なぜこんな話しをするの?」

『テンテはさ、強烈に死のうとしてたけど、それは許さないわ。ギリギリ生かしときたいの。それにいろいろちょうど良い役者がそろったところでこういうお話しをしてみたくなったの… ふふふ、知的好奇心て言うのかな』

「… さすがウイルスさん! 向上心には感服つかまつった…」

おっと、もう一言付け加えておこう。

「でも本分は忘れてないのはさすが… 一瞬味方と勘違いしたよ」

 

『うふふ、ちょっとは手加減してあげようか(笑)』

「はぁ… ま、よろしくね。苦しむのは好きじゃない。」

『あ~ら、楽しみだわ』

 

「おーまいがっ!

ほぼ悪魔だな… 好きなホストのタイプは?」

『もう、テンテでいいや、当面』

「おい、ミキに嫉妬されるぞ」

『望むとところよ…そうだと楽しいわ』

「ミキの蛇ウイルスさんは何と?」

『ミキたちテンテと別れそうだから、タッグを組んでどっちも苦しませようって。もうお互い手を切ったけどさ、だいたいの感じはつかめたからもういいや』

 

「三人は私を訴えて、今ごろスッキリしてるかな」

『バカね。最初はスッキリでも、あの蛇ウイルスさんがそのままにしとくワケないでしょ』

「う… そりゃまあ、そうか」

『まだ混乱してるみたいね。他の娘もそうだけど、ミキとミキの蛇ウイルスは別物よ』

 

「ミキは、ヒトと蛇のハイブリッドだったけね」

『そうね、あちらはあちらの事情、たぶん蛇一族の事情でテンテを狙ってた』

「蛇ウイルスは、その蛇とか雑種人間に感染してるウイルスかな?」

『そういうこと。増殖しながらミキたちの喜びや悲しみの感情を狙ってるの。レイと似てるわね』

 

「てことは、つまり…」

私はいまようやく気付いた… そういうことか!

「おーまいがっ!

なんだよぉ… 私が楽しくても苦しくても、結局みんな… レイと蛇ウイルスと蛇一族が喜ぶばかりじゃないか」

 

 レイは、

『イヒヒ…』

と笑って肯いた。そして

 『ああ、蛇一族はね、テンテの不幸だけが狙いだわ』

そう付け足して、レイは腕を組みなおした。

 

 それにしても… 見飽きることのない、見事な胸のふくらみである。


 もう、乗っ取られてもいいや…


 いや、既に昇ジャックされているんだっけな… トホホホホ…


 なんてこったい!

 

 

魅入られて 3-8 半裸

8節 半裸

 

 今日も肩が重い。いや今朝はひときわ重い。もう少し寝てしまおうか、どうせ今日の午後は事情聴取なのだ。

 それでもグダグダし続けて良いものだろうか。起きなくちゃ。布団の中で大きく伸びをした…

 

「ああ~ あっ」 途端に激痛、左足がツってしまった。

「いて、いて、いててっ!」…と、もがきながらの起床。

 

 おーまいがっ!

 おお、痛かった。そういえば、今朝は妙な夢を見た。半身裸で、髪の長いオンナ… 

こちらを見てうっすら笑っていた。

 ミキ? いや違う違う。

 

 そうだ、もう…ミキに会うことはできない。DM(ダイレクトメッセージ)もできない。それどころか、三日前からすでに見えない闘いが始まっていたんだっけ。

 

 冗談じゃない…、夢特有のデフォルメにしろ、もうミキの夢など見たくない。

 でもあの顔はミキじゃなかった…けど、どこかで見た。

 いやいや、見たというより、感じたことがある。

 

「そうだ… あそこだ!」

 

 えっと… あのトンネルの… 澤風峠! 

 一気に鳥肌総立ちになった。

 

 あの、澤風峠だ!

もう何も思考できなくなった。意識は、あの半裸の女だけでいっぱいに…いや、エロい意味ではなく、怖い方だ。その夜寝るのが怖かった。睡眠導入剤を飲んだ。二錠飲み足した。それでもなかなか寝付けなかった…

 

 明け方だろうか…やはり半裸の女が見えてきた。再びパニックに陥りかけた私に、女はウインクして見せてから消えた。

 なにか言いたそうな表情だった。

 

「えっ なんだったんだろう?」

 

 少し冷静になれた。何か言いたそうだった。

 

 よし、明日は話してみよう… 話せるものならば。どうせ明日も自宅待機で、もう生徒には会えないのだ。そうさ、もう金欠以外に怖いものなんてない。

 

 諦めてパソコンの中のデータ終活を始めた。もう授業などする機会はないだろう。1年間それなりに苦労して集めた画像データが消えていくのを茫然と眺めていた。

 ただ不思議なことに3つの映像がどうしても消えなくて…強く印象に残った。

 

「なんで? なんで消えないの、コレ?」

 

 その一つがクリック氏のセントラルドグマを示したスライド、

二つ目がHIV(ヒトエイズウイルス)のスライド、

三つ目が寄生虫ハリガネムシの動画。

 

 なんでだろう?

パソコンを調べても、何ら異状は見当たらない。

 

 もしかして…?

2時間ほど削除にトライした苦闘の後、

「これは、きっとあの女からのメッセージかも知れない」

と悟っていた。

 

 私はその映像を何度も何度も繰り返し見続けて、ついに一つのアイデアが閃いた… 

 

「そうかっ!」

 

 次にあの女の正体を考えた。

 誰だろう? 

 エロい恰好で出てきたから、澤風トンネルのスクブスだろうか。

 

 スクブス(またはサキュバス)とは、眠っている人間の男と交わって精を盗むと言われているヨーロッパの悪魔または淫夢魔である。なんとヒトとの間に子ができると伝えられている。ヒトと悪魔は生殖可能なのか! 

 

 私としては、眠っている間でなく起きてるときに堂々と願いたいなぁ。この男性バージョンがインクブスまたはインキュバスだが、はっきり言ってこっちは要らない。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 

 翌日未明… 今朝は心待ちに… 

おっ、出てきてくれた。

 下半身はおぼろげで、上半身には服をまとってはいないが、長く豊かな髪で自然に隠れている「ふくらみ」はやはり気になるなぁ。

 

 女難の最中ではあっても、若く美しい女性の姿には代えがたい魅力がある。

 

 彼女は…少しだけ微笑みをたたえた表情で、こう話しかけてきた。

『もう怖くないですか?』 

コトバは小さくゆっくりめで、やや丸みを帯びた声だ。

 

『テンテを怖がらせるつもりはないよ、今だけは』

 

ほう… 良かった。しかし何の話だろうか。

 

「アナタは何かのお化け? 怨霊(オンリョウ)? ユウレイ? スクブスとかインクブスとか呼ばれる存在なんですか?」 

おそるおそる訊ねると、

『そうとも言われるかも。でもなんかちょっと… 

じゃ、ユウレイの【レイ】って呼んでください』

 

 女はクスっと笑ってから言い足した。

『スクブスのブスじゃ、さすがにね』 

私も笑った。

少し気が楽になった。

 

「うん、レイね。わかった、レイ。お待ちしてました、ある意味」

『たぶん気付きましたよね、テンテ。どうぞ言ってみてくださいな、聞くわ』

 

 レイはなぜか私を「テンテ」と呼んだ。あるいは「センセ」のことかも知れなかった。

 

「これで良いのかなぁ… もしかしたら〔逆翻訳酵素〕ではありませんか?」

 

 

 

魅入られて 3-6 家族 3-7 縁起

6節 家族

 

 こりゃダメだ。教職を続けられる見込みは100%ないだろう。

 

 実のところ、給料と退職金に未練はあったけど、【この学校で】同じ仕事を続ける気はほとんどなかったのである。ここに至ってやむなくヨメ殿や息子、そして母にも自分の嫌疑を明かし、将来の見込みを話した。

 

 自分自身さえ納得しているワケではない。

 

 例えて言うなら…

 暗く寂しい夜道を

「大丈夫、家も近いし、いつもの道だから…」

と油断して歩いて帰る途中で強姦され、それを御近所に知られてしまった娘さんの心情ではないだろうか。

 そんな、なにもかもが雲散霧消していく現実の中である。

 

 私が能動的に行ったことはほぼない。そういう意味で自業自得とは思えなかった。

夜道を歩くことは、危険に近づくことではあっても、それは必ず災難を招くとは言えない。

 

 恐らく… 周囲の人は

『狂犬に咬まれたようなものよ。忘れなさい…仕方ないじゃない』

こう言って娘さんを慰めるだろう。

 私の心情は、それに近かったかも知れない。

そう… 一番ラクな答えは

「死んじゃう」

ことだった。

 

 私の性格をよく知っている家族は…

 みんなココロの底の怒りを押し殺しながらも、当面の協力を約束してくれた。それぞれ快いワケはないのに、母は素直に聴取に応じるようにとアドバイスをくれた。息子は自分の就職活動に影響がありそうにも関わらず、最も深い理解を示してくれた。そしてヨメ殿は…ためいきをつきながらも、当面一緒に生きてくれることを約束してくれた。

 

 これからの再就職、世間や家族の眼、見る目・見られる目、信頼、保険、老後資金、人生計画のすべてが目茶苦茶になった。あの人たちを今後の人生で見返すしかないし、むしろあれで良かったと思えるようにしていくしかない。教員でいる限り絶対に見ない景色と体験を楽しんでみたい。でも正直メゲル要素ばかりで、本当に死にたくなる。

 

 「世間に負けるな、己に負けるな」
これが当分の私のテーマになる。

そしてそのテーマの達成は、イバラの道であることはよくわかっていた。

 

 多分… ひと思いに死んでしまう方がラクなんだと思う。

 ただ、生きる限りは… いつの日か必ず復讐させていただこう。誰もが…当事者さえも忘れたころに、誰にも悟られない方法で。その方策を巡らすのは実に楽しい。

その思いだけは、少しも揺らぐことはない。すでにアウトラインはできているのだ。

 

 みなさま、楽しさと色香に迷った私がバカでした。御支援に感謝しています!

 

 それにしてもわからない。

三人はなぜ、あんなことをして、告発までしたのだろうか?

私を操り、言うことを聞かせたいだけなら、告発する必要はない。

 

 美人局を…つまりカネを狙うなら、告発せずに「脅し」を掛けた方が、ずっと御得なはずである。

 

 わからない… 

私は布団の中で、独り悩み続けた。

 

 

7節 縁起

 

あのあとユキ一族はどうなったのだろうか。

 

 アオが戻ってきたときから五十年ほど経って、ユキは非業の死を遂げた。つまり甕のなかで五十年ほど生き永らえたのだ。

 ギンとアオとは成長に連れて甕の中に入れなくなったが、二匹はユキに食を運び続けていた。ある夏の夕暮れ時、カエルを銜えた大蛇がなにやら急いで爬っていくのを見とがめた作造という男がいた。

 

 ヘビという動物は、獲物をその場でアゴを外してまで飲み込む習性を持っている。もちろん咀嚼などすることはないし、獲物を地面に埋めるたり貯蔵したりすることもない。そういうことを知っていた作造には、

「カエルを銜えて運ぶ」

という行動がよほど奇異に映ったに違いない。

 

 驚き怪しんだ作造は大蛇を目で追って、ついにユキの入った甕を見つけてしまったのである。

 

 晩飯のとき家人に自慢して語った。

 

「先々代は、たしか弥吉様じゃったろう?」

『そう聞いとるな。ヘビ切った鎌で誤って自分も切った方じゃろ。あれはタタリじゃ』

「ヘビは埋めた、っち、聞いとるわなぁ」

『ほうじゃ、が、どこさ埋めただかな』

「それがな、この家の北の縁側にな、ほとんど埋まっておる甕(かめ)があっての」

『あっちゃ、めった行かんけんのぅ』

「わしもひさびさじゃった」

『やだアンタ、そんな甕なんかあったかのぉ』

 

家人の誰もがこのことを知らなかった。作造は話し続けた。

「こないだ大雨が降ったけんの、あれで出て来たんじゃろ」

『すごい雨じゃったの』

「ワシも知らなんだからびっくりしたがの、驚くのはその後じゃ」

『まだ驚くことあるるんかよ』

「大蛇がカエルを飲み込まんでな、運んだ先がその甕じゃ」

 

『えええ、まさか…』

「じゃろ? 気になろう…」

『し、しかし、そげなことはあるまい』

と家人は怪しんだ。

 

「見たいがの、今日はもう宵だから止めた」

『ははぁ… 作造さぁうちらをカツぐつもりじゃな?』

「いいや、そんなんでねえ。埋めた蛇、まだ生きとうちがうか。明日掘るべ」

『あんた、やめときなや、たたりがあるでよぉ』

「はは、迷信じゃ、心配すなや」

『やめとかれいよ、ええじゃん、そんくらいほっとき』

 

 それを床下でアオとギンが聞いていた。

それから長いことクチヅケしているように見えた。

翌日、作造は鍬を持ち、家族とともに甕の前にあった。掘るべき甕の上には大蛇がいた。

 

 大蛇は抵抗する様子は見せなかったが… なにやらじっと作造の目を見つめ続けていたという。

 

 ここでは詳細を書きたくない。

 結果から言うとアオとユキは殺された。

主人が居なくなった甕は破壊され、埋め戻された。

 

 しかし… 

 

そして…

 

 一家を異変が襲い始めた。

 

 まず作造が翌朝起きてこなかった。

仰向けで手は胴に沿って足の方に降ろされた姿勢で。首には縊死(首吊り)の痕跡が斜めにハッキリ残っていたが、縄は無かった。首という部分を最短距離で横に絞めた場合、普通は二本ある動脈のうちの一本しか血流が止まらず、なかなか死には至らない。

 上から吊った感じで、斜め上に向かって絞めると二本とも止まって、あっという間に失神するのである。首筋の痕跡は、斜めに絞めたことを示していた。そんなことは絞殺のスぺシャリストにとっては常識である。

 

 もし…もしも誰かを「縊死」に見せかけて「絞殺」する必要があるときには、「地蔵背負い(じぞうしょい)」という方法で担ぐと… ハハハ、これは忘れてください。

 

 作造のノドにはなぜか餅が詰められており、何者かに締め付けられたかのように、腕とアバラには三か所かの骨折が見られた。隣に居た妻女は、僅かな呻きを耳にしたが、いつもの寝言だと思い、気にも留めなかったと語った。

 

 作造の葬式の晩、今度は1歳の娘が行方知れずになった。それから四日が経った。四歳の娘が夕方に見えなくなり、翌朝溺死体として発見された。

 すると妻女がおかしなことを口走るようになり、娘の葬儀が終ってまもなく鎌で首を切って死んだ。

 

「たたりじゃ あのヘビの…」

「たたりじゃ… やはり、なぁ」

 

 同居していた叔父叔母などの親戚は、ヘビの祟りを確信した。

 

 家を取り壊し、甕とそのあたりのいくばくかの土地に石を積み、締め縄で囲って清め、ヘビの怒りを鎮めると共に一家の冥福を祈った。これが蛇塚建立(くちなわづか こんりゅう)の縁起である。

 

 この祟りは怨念などという観念的なもののせいではなく、当然ギンの一族とアオの子孫一族の具体的な仕業であった。

 ギンは蛇塚を安住の地と定め、復讐をここで打ち切る決断をした。あとはユキの後裔であるギンとアオの一族の繁栄を願って生きていこうと考えたのである。

 

 あの日…アオは人間に見つかってしまった責任を取り、自らの身体を張って人間に母ユキの命乞いをするためにあの場に赴いたのだ。アオはヒトのコトバをかなり理解できたが、アオの意思をヒトに伝える手段を持っていなかった。それがアオとユキの悲劇だった。

 

 ギンはアオの意思と遺志をよく理解していた。今後ギンから進んで害を加えないことはココロに誓ったが、蛇塚を壊したりする者には容赦しないつもりだった。

 ギン一族は蛇塚を中心によく栄え、地元の人間も蛇を崇め大切にしていた。飢えていない限りは人家近くで人語と感情を学び、ヒトの知識を蛇族に応用することを奨励した。

 

 蛇は普通孤独なハンターである。狩りに成功することは多くないため、腹を満たすにはそれなりの時間と手間が必要だった。しかしヒトの集団狩猟の技術を応用すれば、複数の獲物が簡単かつ確実に手に入る。これで生活の余裕が大幅に増えたのだ。

 

 数十年の後、ギンもいつのほどにか寿命を迎え、次からコン、アイ、キンの順に一族の首領が変遷していくことになる。

 

 

魅入られて 3-5 告発

5節 告発

 

 一月。

 やはり…動きがあった。

まさかとは思いながらも、最も恐れていた事態だった。いや、そんなことあるワケがない。あんなに慕い、頼ってくれた娘たちなのだ。

 

 またまたまた事情聴取… 今度ばかりは…もう二度と生徒とは合わせてもらえない完全隔離体制だった。こりゃもう、言うまでもなく完全有罪待遇である。
 
 様子を見ながら徐々に答えていくうちに、何となく内容が見えてきた。
やはり…アキ、アカネ、ミキの三人が保護者ともどもで私を「冬休み前の準備室の件」で告発したのだ。
 
 きた、きた、きたよ… ついに来た。
同時に… あのときひっかっていたものの正体がようやく納得できた。


 あのとき、彼女たちはサヨナラは言ったけど、いつものように

『またね』
『じゃあ、また今度ね』
とは言わなかったのに、ようやく気付いた私。

ミジメだった。


 そうか… そうだったのか。
やはりこれはなにか計画されたものだったのかもしれない…

 なんで? なんでなの、みんな?


 私に向けられている容疑…というか嫌疑は、要するに、
『三人とも呼びつけられて準備室で抱き締められキスされ、カラダを触られました』
とかいう内容なのだろう。

 言うまでもなく、私は呼びつけてもいないし手を出したわけでもない。ただ、状況が不利なのは明白だった。

 どうやら写真は提出していないようだが…
 
 うん、ヤツラだってノリノリのキス顔とか、ブラ丸見えの姿とか… できれば出したくはないのだろう。

少なくともイヤがった顔ではないはずだ(笑)


…ということは、つまり… 私が否定したときの追い打ち用いうか、トドメを刺す場合を考えて温存しているのだろう。アレが表に出たら…身の破滅しかあるまい。


 そりゃ思い当たることはありすぎるけど、ちょっとだけ待ってほしい。一方は未成年だから無罪っていうのが世間様の理屈である。これは理解できる。だけど私のあの状況で、本当に私が100% 一方的に悪いのだろうか?


 自分にも責任がないとは言わないが… いや、あることは認めるけど、…

 

 すごく納得できない! 


 …と叫びたい気持ちをぐっとガマンして… 警察沙汰は全力回避することにした。どうせ9割がた免職なのである。全くのゼロなら別だが、心当たりも写真もあるのだ。

 下手に抵抗して告訴→身柄拘束(拘置所)→起訴→裁判→有罪→前科持ちの道では採算に合わない。この期間は無職だし、裁判で負けたりすれば、費用は被告持ちになるのが明白だからだ。


 相手に写真がある以上、私に勝ち目はない。あとは、どううまく負けるか… そう割り切って、より小さなケガで済むように全力を尽くすのみだ。下手に否定したりして裁判沙汰にだけはなってはいけない。そのためには「犠牲」もやむを得まい。


 元々から考えてみると… 好きだ好きだとおだてられ、おおそうかと思っているうちにキスされ触らされ、いつのまにか受動態が能動態にスリ替えられて悪者に仕立てあげられて窮地に居る。


 これほどバカバカしい話もない。


 そういえば◎◎◎は「ボーダー」、つまり人格障害だと言ってたな…
ボーダーは自分が依存したいヒトに依存する。相手の迷惑を顧みることなく徹底的に依存するのだと書いてあったっけな…


 逆に相手に大事にされていないと思ったときは… 相手が破滅するまで思い切り悪く足掻く(あがく)のである。しかも今なら「未成年」というカードの威力を100%利用できるのだ。

 なるほど… そういうことかも知れない。


 しかし今そんなことを思ってみても、何の解決にもなりはしないのだ。

 要するに触られようが、触ろうが、
『恐れながら…』
と訴えられた以上、抗する術はない…のだ。


 例えて言うなら、「未成年」は水戸黄門さまの「葵の印籠」と同じ効果を持つ。

 出されたと同時に敗北は決定で、
「恐れ入りました」
しかセリフはない。

…それが社会常識というものである。


 私は自分が手を出さない限り、こういう事態にはなりえないと考えていた。まさか相手側3人が保護者とタッグまで組んで、三重殺(トリプルプレー)で攻勢をとるとは… 想定を遥かに超えていた。

 一人でも絶望的なのに相手は可愛いJK三人で証拠写真持ち、こっちは小汚いおっさん。
いかに美人局(つつもたせ)的仕掛けであっても、勝ち目はゼロである。


 美人局とは… 男性のスケベ心を利用した犯罪である。


 たとえば… 私が何等かのきっかけで魅力的な女性を知り合うことになったとする。
女性は魅力的で、しかも積極的である。
口説けば、なぜかうまく口説けてしまう。
では… 男女の恋愛の最終形として「ふたりきり」でどこかの一室にこもったとしよう。

 そこへ… なぜか悪そうな怖そうなオトコがやってきてスゴむのだ。


『おうおう、オレの女に何してくれる。そうオトシマエをつけてくれるんじゃ。あぁ?』
 女は素早く服を着て、いずこともなく姿を消している。もちろん相手の男女は始めからグルなのだ。


 結局はさんざんに脅されこずかれ、指を詰めさせられる代わりに、カネで解決せざるを得ないハメになり…


 そしてそれがヤツらの真の目的なのだ。


 性質が性質だけに、相手は準備100%、こちらは0%で警察沙汰になることも少ない。


 世間のスケベ根性バリバリのみなさん、よく覚えておいてほしい。警察と裁判絡みで責められると、勝てる見込みは無いですぞ。

 逆にJKのみなさん、この手は使えますぞ。未成年を盾にとれば必ず勝てます。保護者を巻き込むと完璧です。美人局の男役は、学校と教育委員会がしっかり勤めてくれる…

 もし蜜の味にしたければ、かる~く相手を脅… おっと、あとはわかりますよね?


 しかしあの三人がそんな告発をするとは、今となってもどうしても思えなかった。


 ねぇなんで、なんでなの? みんな…

 

 私は自分の行為を否認することはできなかった。

 そして… しかしというべきだろうか、それを読んでいるかのように、私の覚えの無い行為までも巧妙に混ぜ込んだ告発がされていることが分かってきた。

 

 まてまて、私はそんなことまでしてないぞっ!


 いつパンツの下に手を入れたって?

 いつパンツをムリヤリ脱がせようとしたって?

 

 何回も何回もおなじようなことを聞かれる。間もなく入試の季節、相手も積もる仕事を後回しにせざるを得ず辛いんだろうけれどなぁ… 
イヤでもこんな問答を優先させなきゃ、なんてすごく辛いだろうけど、こちらもツラくて苦痛なのだ。

 

『三人と知り合うきっかけは? いつから話すようになった? 』
「ユリと一緒にきたからです… 九月、ミキとは十月くらいから。」
『いつからSNSを始めたのか? それはなぜか? どんな会話をしたのか?』
「九月で写真交換のためです。会話はすごく盛り上がるし楽しいので、つい続けていました」

 

『理科準備室にくるきっかけは? それは先呼んだのか。来たメンバーはだれか?』
「ユリですね。呼んだことは一度もありません。メンバーはユリ、ノゾミ、サキ、カナ、あとはミナなどです、隣のクラスの」

『クルマに乗せたことはあるか? 校外で会ったことはあるか?』
「ありません。校外でも。あ、いや某ショップでミカと二人のところに偶然会いました」

 

『二人きりになるチャンスはあったか? 窓やカーテン、扉の状況は?』
「友達がトイレとかの時以外はないですね。扉も窓は開けてあります、いつも」

『理科室にはヒトがいたか?』
「居るときも居ないときもありました」

 

『準備室等に人目の死角はあるか?』
「そりゃ、その気になれば作ることはできるでしょう。作ってはいませんが、ね」
『そこでいつ、何をしたのか?』
「さきほど言ったように、いつも扉は開けて、カーテンも開いてます」

 

『同意はあったか?』
「何の同意ですか? 私はそもそも呼んだワケではありません」
『強制ではないですね』
「扉もカーテンも開いてます、いつでも逃げられますよ。くどいですが、勝手にみんなで来るんですから」

 

『話しただけですか? キスは? 身体を触ったか? 服の上か直接か?』
「話してたら、いきなりキスされました。あのときは…実は腹くだしてすごく体調悪いときでして… あまり覚えてないんです」

 

 そんないきなり正直に言えるもんかい… ココロの中で苦笑していた。アレ眠剤だし…

『ところが高山先生、あの娘からはね、とても想像とは思えない具体的な話を聞いているんですよ』
「ほう、それはどんな?」
『それを正直に話していただきたいんですよ』
「正直もなにも、覚えの無いものは話せません。具体的って、いったいどんな話ですか?」

『そのときに高山先生が、ズバリなにしたか、ですよ。ブラウスのボタンはいくつハズしたんですか』

「言っちゃ難ですが、ですね、あの娘たちの少なくとも2人は男性経験豊か過ぎるくらいですよ。過去に経験したことを語るくらい何でもない』

『しかし…』

「あの日私は腹下しでしてね、性欲どころじゃなかった。あの娘たちが抱きついてきて、あっと思う間にキスされて…自ら服を脱ぎ出したからビックリしたんですよ… それが真実です」


 チラチラ見せる相手のカードを推理推測しながら、当事者しか知り得ない細かい描写に驚いた。これは三人が、確実に私を追い込む意図をもって通報したんだ、と確信した。一部は本当だが、覚えのないことも多数混入されていたからだ。


 明らかに言い過ぎじゃないか… 女子が自らからここまで言うとは、ある意味スゴい覚悟である。私が女子ならそれこそ言えない内容であったのだ。

 

 女子の訴えを聞いてる方々は、
『こんな可愛い娘たちがここまで言うからには、本当であるに違いない』
と思うのが、口惜しいけど人情である。

 

 だから…私は負けを確信し、それなりの負けっぷりを考えざるを得なかったのだ。JKのクチビルは熱くて柔らかかったし、抱き締められれば当然身体にも触る。どっちが主導的だったか等の細部についてはどのみち水掛け論になる。

 

 ただ、あの写真を持ち出されたら、勝ち目はない。私が強気になりきれない理由がそこにあった。

 

 三人の言い分とは違うという理由で、こういう尋問が四回も繰り返された。私は
「相手の言い分と同じになるまで聴取するんですか? 私は彼女たちを呼んでいません。
未成年とはいえ、相手に抱きつかれて、それでも私が百%悪いというのですか?」
と主張してみた… ちょっとオーバーだけど…

 ちなみに答えは
「イエス」だそうだ。


 未成年とはそういうものなのだそうである。この次は教育委員会で聴取、次には再び聴取か処分という流れになるのだろう。


 だがしかし…私の心情は、被害者率95%である。


 ヒドイな…


 あまりの変心ぶりに腹を立て、その唐突さに三人を許せなくて… まず自決を考えた。


 自宅では家族が迷惑する。そのへんでもご近所が迷惑するだろう。三人を傷つけて…そう、わざと可愛い顔とかを傷つけるだけでいい… 濃硫酸でプリプリのお肌を軽くローストしてみても良いだろう。


 もちろん私は腹を切る。しかし私の遺族に迷惑すぎる。警察にも余計な負担をかけてしまう。

 

 確実な自決の方法なら… 
校舎から飛び降り、海に飛び込み、入水、クルマへの飛びこみ、風呂でタイマー付き電気コード、目張りクルマ(七輪か排ガス)、塩化カリウム注射か空気注射、首つり、硫化水素睡眠薬切腹…でもやっぱ介錯がほしい!


 致し方なくさせられたこととはいえ、自分のしたことに責任を取らなくちゃ。やっぱり睡眠中にタイマーで心臓に通電するのが良いかなぁ。これはあとに起きるかもしれない火災、および家族の感電対策をしないとまずい。ブルーシートの上でならどうだろう? もうひとつ「切タイマー」をセットすれば感電は回避できるかもな…

 

 復讐するのなら三人の家だ。破壊しつくし、焼き尽くす。玄関前の道路あたりで、割腹か、目張りしたクルマの中で練炭か。家の敷地内では、下手すると「縁起が悪いからと買い取りさせられる」ので道路にするのだ。いや待て、三人の代表誰にする? 私の身体は一つしかないし…

 

 ただ…なんか私らしくないなぁ。そう思いながらも自分の面目を立てるための、自殺でない「自決」を真剣に考え続けた。「完全自殺マニュアル」も通販で買った。ひたすらに肩が重かった。
 これから背負う「人生」というものをずっしりと重く感じた。

 

 ちなみに県庁では… まず学校管理職の誰か(教頭等)と県庁某所で待ち合わせ、県教育委員会の高校教育課の人事担当に引き渡される。このあと教頭は読書の時間になるが、私は某室に連行され、四人ほどの聴取員を口の字型に向かい合って、まず自分の所属、氏名、経歴、学校の役割など答える。次に「ウソつくなよ、ついてバレるたら大変だぞ、責任はお前だぞ」みたいな脅し的な確認を受けてから、あれこれを根掘り葉掘り聞かれることになる。
 幸いなことに? 宣誓はない。状況にもよるが、およそ半日が目安だろう。こうして事情聴取が終わる。

 

 一週間ほどの間を空けて、今度は事実確認と調書作成だ。またまた四人ほどの聴取者とコの字型に向かい合って、まず自分の所属、氏名、経歴、学校の役割など答える。次に前回の供述が要約された紙を読むように指示される。誤りがあれば、ここで訂正するのだ。あとでもう一度訂正分を印刷し、ウソだらけの供述に誤解曲解だらけの解釈に「間違いありません」的なことを自筆で書き、氏名、押印するのだ。

 

 とにかくいろいろなことを聞かれる。言いたくないことを聞いてくる。よく考えれば当たり前のことなのだが… たまに思わず吹き出したくなる愚問も混じるが、とにかく真剣勝負だ。しかしバカバカしくもある。

 

 おそらく… 言い分は聞いてくれてるようでもほぼ通らないだろな。はじめから相手の言い分で、もう処分は決まっているようなものだ。さもなければ…

 

魅入られて 3-4 年末

4節 年末

 

 夏休みもそうであるように、冬休みにも補講がある。ありがたいことに三者面談はないので、午後は比較的落ち着いた時間を過ごすことができる。冬休みに入って、理科準備室への来客が増えた。来るのはたいていイツメン(いつものメンバー)である。


 きょうはアキ、アカネ、ミキの三人。不思議なことに、この3人での訪問は初めてだった。


 私は内心ビクビクしていた。よく見れば、特に親しく会話してきた3人、しかも嫉妬心がウルトラスペシャルストロングの娘たちなのである。

 しかしこうなっては仕方がない… さりげなく会話しながら様子を見た。

 

「寒いね… 紅茶淹れられるよ、飲む?」
『うん、ありがとうございます… そのつもりだったぁ』
『あ、お湯はそこのポットでしょ? あとはアキが淹れてあげる』

ティーバッグは…」

『あ、はいはいわかるから… センセはそこ座っててね』

動きかけた私を制してアキが言った。


「…お、ありがと。気が利くね」

『寒いから窓閉めるからね』

窓際でサッシの動く音がした。次にカーテンを引く音がして、少し部屋が暗くなった。


『ね、お菓子はぁ? ね、いいでしょ』 

とミキ。

 すでにお菓子専用の引き出しを開けかけている。


『ねぇ、アカネはね、先生に見てほしいものがあるの』
「どれどれ」

 

 ここからは、敢えて名前だけは◎◎◎という伏字で表現させていただこう… 申し訳ないが…
 それは一応彼女たちへの配慮でもあり、私自身のためでもある。しかしながら…勘の良い方ならば、恐らく推測できてしまうだろう…な。

 

 先日撮ったという動画を見ていると、◎◎◎が紅茶を持ってきてくれた。
『粗茶でございます』
「上品だな… 似合わんぞ、◎◎◎」


 一口すすってまた動画を見る。会話する。話を聞く。紅茶をすする。会話… 

 

「これってさ、あそこの… モスの近くの公園だよね」
『えっ、なんでわかるの?』
「バックにランドマークのビルが写ってる」
『あっ、ホントだ』


「よくみんなでフリを合わせたね… tik-tokにでも投稿するの?」
『もうしたよ。練習頑張ったもんね、◎◎◎』

『ねえセンセ… お菓子もっと出してもいい?』
「…ってもうさぁ、実質引き出し開けてんじゃん… 2回目だし」


『コレコレ… これ好きなんだ、アーモンドチョコ』
『あっ、あたしはジャガリコがいいな』
「じゃかしい、どっちか1個にしろ! 小遣い少ないんだからな」

 

『このあいだね、初めて食べたお菓子、美味しかったんだ… えっとね』

『どんなの?』

『えっと、なんていうかさぁ ポテチあるでしょ?』

『ポテチ大好き!』

『そのポテチにチョコがかけてあるんだ』

『え、なにそれ?』

『しょっぱくて 甘いの? 合わないよ、ぜったい』

『それがね、合うのよ』

『うそでしょ?』

『ホントだよ… アタシも最初は合わないって思ったけど、相性バッチリ』

『有り得ないっしょ』

『だよね』

『でもね、叔母さんちから送って来てくれたの… ロイドだったかな?』

『待って… 聞いたことある気がする。』

 

「それって、たしかロイズとか言わなかった?」

 私も口を出した。実はときどき家でお取り寄せしては食べているのだ。

 

『そうそう、そんな名前… すっごく美味しいの』

 

 そう言いながら、彼女たちが食べているのはアーモンドチョコである。

 

 そのアーモンドチョコは美味しかったが… 4個、5個と食べるうちに頭がボッとしてきた。話が頭に入らない。

 なにこの倦怠感は…

 

「ごめん、なんかボッとしてきてさ、すごく眠いみたいな感じなんだよ」
『いいのよ、センセ』

 ◎◎◎の目がかすかに笑っていた。

 

『大丈夫? アタシが介抱してあげるよ』

『あ、アタシもっ!』

 

 彼女たちのうちの二人が一層近くに寄ってきた。もう服と服とが接触している。彼女たちの体温を感じる…

 

 数瞬後…
◎◎◎がいきなり私の膝の上に腰掛けてきた。戸惑う間もなく、柔らかいクチビルが私のクチビルに重なってきた。

 さすがに慌てた私。

 

「待て、ちょっと待て」

『ダメ、離しちゃ』

 

アタマをホールドされ、再びクチビルが重なる。

あれ、腕押さえてるの、誰?

『…』

数秒…

『いいのよ先生。アタシたち、この間こんな事しちゃったでしょ。イケナイセンセイだね』

 

 おーまいがっ! 

 え、それ今バラス?

 

 腕はなんと◎◎◎が彼女の身体と腕とで柔らかく押さえつけているのだ。そして私をまっすぐ見てこう言った。

 

『そんなこと◎◎◎と? アタシに隠れてしてたの? 先生… 

 ズルい、◎◎◎もしたかったナ』


 今度は◎◎◎がクチビルを重ねてきた。

「うっ…!」

◎◎◎はそれとなく廊下を見張っているようだ。

 

 おーまいがっ!  おーまいがっ!

 

 私の手のひらに、腕に、足に、背中に、乙女の柔らかい感触が満ちる。彼女たち自身が私の手をとって導いているのである。鼻腔に甘やかなかおりが満ち、クチビルには彼女たちの体温で溶かされ、唾液と渾然一体となったアーモンドチョコが注ぎ込まれる。

 

 陶酔の瞬間である。

 

 状況は陶酔どころではないヤバさなのだが、そのへんはもうどうぢようもない。

 

 次に映った視野は… ◎◎◎が制服をくつろげ、ボタンを外しているところだった。

 おーまいがっ!  おーまいがっ!  おーまいがっ! 

 

「おっ、おいっ… ちょ、待っ…」

『なぁに… ねぇ…触って、ここ』

 目が合った◎◎◎の瞳は潤み… 

 

まさに女の顔をしていた。
 
 おーまいがっ!  おーまいがっ!  おーまいがっ!  おーまいがっ! 

 

 ここに至って、わたしはようやく気付いた。これは何かのワナかもしれない。

 

 そうだよ、だって◎◎◎はスマホを構えて… 写真を撮っている… たぶん。

 

 しかし気付いたからと言って、どうすることもできなかった。助けを呼んだとしても、この状況をどう説明しようと言うのだ?

 圧倒的に不利だ。立場、男女、年齢というだけでなく、多数決でも負ける。

 

 ここは彼女たちの言うことを聞くしかない。そしてそれは甘美な香りに満ちていた。


 いっそ… と私も夢の中でしかできなかったことに溺れてみた。

 

もうヤケのヤンパチである。

 

 どうせ触ろうが触るまいが、私の弱みになるのだ。あとはもう運命を彼女たちに任せるしかなかった。

 

 そう、他にどうしたら良かったと言うのだ。


 チョコとアーモンドの香りが徐々に薄くなり、替わって彼女たちの身体を流れていた血液から作られた唾液そのものの味になってきた。それは… やはり甘くて、ほんのり苦い気がした。手や腕や顔やクチビルに触れる肌はなめらかで温かく、めり込みそうに柔らかく、しかも弾力が若さを秘めていた。


 夢のようで、悪夢のようで… やはり夢のような時間はどれだけ続いたのだろう。
そんなに長くはないはずだった。

 

 彼女たちが帰って、しばし茫然としていた。身体には耐え難い気だるさを感じながらも、あまりの現実に精神は高揚しきって… このまま眠ることは出来なかった。 

 

 そう、まるで青春時代に初めての彼女と迎えた「眠らない一夜」を過ごした明け方のように…

 

 それに… ぼやけた頭の片隅でさえ、なにかひっかかるものがあった。

 

 彼女たちの舌は…

陶然としながらも、なにかの違和感を感じる私がいた。

 

 なんせ右サイドと左サイドの動きが異なるのである。これはサッカーの話ではなく、彼女たちの舌ベロの動きの話なのである。かつて経験したことのない絶妙なテクニックとでも表現すべきだろうか、とにかくやって真似できるものではない。ウソだと思うなら挑戦してみるべきだ。サクランボの柄をくわえたなら、余裕でちょうちょ結びができるのではないか?

 とても人間ワザとは思えない玄妙な動きだったのだ。

 

そして帰りがけ、彼女たちはいつもとは違うニュアンスの去り方を見せた。

『思ったよりエッチだったね、センセイって… じゃぁねサヨナラ』

『ありがとうセンセ、楽しかったよ~! なんか名残り惜しいかも… バイバイ。』

 

◎◎◎だけは妙に沈んだ声で

『せんせい、大好き… きょうはね… 』

『ほら行くよ… 早く、◎◎◎』

急かされ、涙ぐみながら背を見せた… それも気にかかる。

 

そんなことの、なにがなにゆえにひっかかるのだろう?

 

 顔に腕に、彼女たちが遺したチョコと唾液の香りが濃厚にまとわりついていた。

 

寒くて寒くて目が覚めた。

気付くと… いつの間にか眠っていたらしい。

もう六時半…

「えっ… モウロクジジイかよ…」

とりあえず、家に「遅くなる」とラインを入れておくことにしよう。

 

 まず… 私はゴミ箱を調べてみることにした。どうせゴミは持ち帰っているに違いないが、念のためである。

 ゴミ箱にはやはり捜しているものはなかったが、意外にも部屋の隅に目的のモノを見つけることができた。それは錠剤を包むアルミとプラでできた容器ひとつである。彼女たちの誰かが、おそらくポケットに入れたはずのモノが何らかの動きで落ちてしまったのだろう。

 

「おー まいがっ… マジか、これって…」

 

 ネットで検索して正体を確認した。

初めて見るオクスリ、サリドマイド系のオクスリの包装だった。

もう… 絶句するしかなかった。

 

 あの眠気は明らかに異常だ… 私が睡眠導入剤的なオクスリを盛られたのだとしたら… もしかしたらその包装がゴミ箱に遺されているかもしれない… それが精一杯の推理、しかもビンゴだったからである。

 

 普通の睡眠導入剤(ミン剤)は「抗ヒスタミン系」のオクスリが主流で、その代表格が「ジフェンヒドラミン」などと呼ばれる物質である。かつては「ブロモバレリル尿素」などが一般的だったが、作用がキツイのと、そのキツさゆえに自殺に愛用乱用されたために、今ではもう一般人には入手できないだろう。

 

 サリドマイドは、薬害でその悪名を轟かせた薬品である。かつては催眠薬として一般に販売されていたが、ちょうどツワリで苦しむころの妊婦が使用すると、生まれてくる赤ちゃんの腕の成長が極端に悪くなり… ちょうど肩からいきなり手のひえたような外見で生まれてくる事例が続発したのだ。

 

 サリドマイドは体内でS体およびR体という形で存在し、R体は強い催眠作用を持つ。だから…ちょうどツワリのヒドイ頃に、睡眠薬としてサリドマイドを飲んでいた妊婦さんも居たワケだ。ところが… その頃とは… 胎児の手足が成長するころなのである。S体は胎児の毛細血管の成長を極端に 阻害し、奇形にさせる(催奇形性)性質を持つ。結果として、肩からヒジや、ヒジから手首まで骨格や筋肉が成長しないままに、胴体からいきなり手のひらが生えたような外見でこの世に誕生するのだと言う。同様なことが腰からヒザ、ヒザから足首にかけての部分でも起きてしまい、腹部から足首が付きだす外見になる。ゆえに「アザラシ肢症」という別名もあるのだと聞いた。

 R体には強い睡眠作用があるというから、R体だけを抽出できれば良いのだが、悪いことにS体とR体は体内で互いに変身しあうのである。

 

 こうした薬害の被害に遭われた方、またその両親や兄弟、親戚の方々はまことに無念だろうと察し申し上げる。その分だけ当時の欲張りで怠慢な厚生省の役人どもと、その役人どもを買収したであろう製薬会社には怒りを禁じ得ない。

 

 それはそれとして、サリドマイドは当然使用禁止になった… と言いたいが、実は現在も用途を限っての使用は認められている。腫瘍細胞の、つまりある種のガン細胞やガン細胞への血管新生を抑え、アポトーシス(細胞の自然死)を導く特殊なオクスリなのである。成人男性の私には、恐らく催眠作用だけで、直ちに危険ということはあるまいが、ほぼ無力化状態にできる効果はあったことになる。

 

 なぜそんなオクスリがここにあるのか?

 そもそもどこでどうやって手に入れたのか?

 

 彼女たちの背景には、途轍もなく黒く、何か巨大なものがあるのではないか…?

 

 不気味だった。私はひたすらに怖かった。知らず、鳥肌が立っていたのは寒さのせいばかりではなかった。

 

 五時半くらいのはずの帰宅は八時を回ってしまった。

普段はなにも言わないヨメ殿が、この日ばかりは機嫌悪そうに

『遅かったわね』

と吐き捨てた。

 

「ゴメンね、ラインのとおりちょっとモンペさんがいてね、なかなか…」

そう言い繕う私自身に嫌悪感を覚えた。

 

 この日、なかなか寝付くことができなかった。

夜明け前にようやくまどろんだようだが…いくつもの肉塊に抑え込まれて、危うく窒息しそうな…やっとの思いで振りほどくと、巨大なOPPAIに追いかけられる…

 

 普段なら願ってもない吉夢だろうが、この日ばかりはヘンな脂汗をかいて目が覚めた。

今日も学校に行かねばならない。

 

 思わず大きなため息が出て… またシアワセが逃げた気がした。

 

 この日からざっと二週間、年末年始を挟んで交流の空白が続いた。あんなあとで、まるで嵐の前のなんとやらのように…


 三学期が来ないことをひたすらに祈ってはみたが…やはり時は過ぎ、その日がやってきた。



魅入られて 3-3 連日

3節 連日

 

 12月上旬、なんとか平穏を装った冬休みを迎えることができそうだった。しかしここまで使った教材の反省・手直しと3学期の教材準備は、なるべく完了させておきたかった。

 

 そんなことを知ってか知らずか、ミキは毎日のように準備室にやってくるようになってきた。友達の組み合わせは毎回変わったがユリ、アキ、ノゾミ、セナ、カナといったメンバーは、それぞれ私とも馴染みであった。そしてようやく病の癒えたアカネが学校に復帰して、私も安心することができた。

 

 ヒトに言えない困りごとは、ミキとアカネと私の距離関係である。

 集まった娘たちがすることは宿題、課題、ウワサ話にスマホの話題。それにも飽きるとそのまま居眠りを始める娘もいた。


 このメンバーのよく食べること! 私は自分のおやつ用として時にに駄菓子を隠し持っていたが、いつの間にかその隠し場所を覚えてしまっていた。安物の紅茶ティーバッグもあったから、時には御馳走することもあり、ちょっとしたサロンのようになっていた。そこに油断が無かったとは言えない。みんなで来るのだし、扉もカーテンも開いている。隣の理科室には、部活の生徒もしょっちゅう出入りするのだ。

 

 今日はミキとユリとカナでやってきた。

 

 珍しく3人とも話に夢中にならず何かに熱中している。
カナは借りてきたらしい本を難しい顔をして読み、ノートに記録している。
ミキはスマホで何か調べては熱心にメモをとっている。

 

『できたぁ、出しに行ってくるね』とユリ。
『え、あったっけ、そんなの?』
『ああ、昨日期限の課題だよ』
『うん、頑張ってね』とミキ。


『いまさら頑張っても期限遅れちゃあね』
『じゃかしいわ!』
『そ、まためちゃくちゃ言われるよ』
『は~い、じゃ、行ってきま~す』
とユリ。

 

『あ、アタシはトイレ行ってくるね』
とカナが宣言して出ていく。

 

 こうしてほんの一瞬… ミキと二人きりになったことがあった。

『へへへ、センセイ、ミキ昨日スタバ行ったの』
「ほう、何飲んだ?」
『今限定の、とっても美味しかった』
「飲み物? 高いだろ」


『うん、写真インスタにあげたから見て』
「なんでじゃ」
『すごく綺麗で、バエるの、見て!』

 

 私がスマホロックを解除するや、ミキが持ち逃げする。

 

プライバシバシいっぱいだから、
「こら、待て、返せ!」
と追いかける。

 

 仕掛けてきたのはミキだった。
追いかけたところに、ミキが振り向いて身体ごと飛び込んで来られたら避けようがない。かといって突き放すこともできはしない。急な展開に驚いているところに、上目使いでクチビルを突き出されたら…

 

 ある意味アリ地獄とも言える。甘美なアリジゴク…ミキのクチビルは熱くて柔らくて情熱的だった。見つかったら無論大変なことになることを知っていた。でもここで恥をかかせるワケにはいかないし、個人的には… 正直に言って離れたくもない。

 

 ためらって、ちょっとだけ抱き締めて、アタマを撫でてからそれでも静かに彼女を離した。

 そこまででもやりすぎ…
そこはそれ、そういうものだと思っていた。

 

 廊下の方から足音がした。

平常の顔に戻すのに苦労した。たぶん戻りきってはいなかったと思うが…

 

 夜になれば、インスタで会話が始まる。私もミキも互いのココロの隙間を懸命に埋めようとしていた。もうヨメ殿はとっくに就寝している。ミキの家族もそれぞれ寝室に入ったようだ。


 好きあった男女がフリートークする行方は… だいたい想像がつくだろう。


 どちらが誘ったとか主導的だったとか、今となっては詮索したり反論したりしても仕方がないことである。私はオトナで、相手は未成年。

 

 私「に」抱きついたとしても、私「が」抱き締めたとしても、結局同じ解釈が適用されるのだ。ただ私だって彼女のことを気に入っていたし、切なかったし、嬉しかった。アキのこともアカネのことも忘れたワケではなく、変わらず好きだった。ただ、何ともしようがなかったのだ。

 

 私は名前どおりに、天に昇れるほど舞い上がっていたし、嬉しくて高揚もしていた。それは認めよう。


 しかし高さ100mの手すりのないビルから直下を見下ろすような不安感も感じていた。
 

 それは… 一度でもこういうことがあると、それは自分の弱みになるということだ。

 

 おー まい がっ!
 
 これは考えても見なかった難題である。


 つまり… こういうことは男性から仕掛けるものであって… 

 

 自分で宣言するのも口惜しいことだが、私はイケメンの部類ではない。カッコ良くもないし、スポーツはどちらかと言うと… いや絶対的に敬遠したいタイプである。集団競技だの、球技だのはハッキリとキライだ。応援して楽しむようなおおらかさはないし、楽しんでいるフリをする偽善性も備えてはいない。仕方なく差し障りのない程度におつきあいでそんなフリをしていただけだ。そういう意味で、女性にモテるタイプの人間とは対極…とは言わないまでも相当遠いところにいる人間である。

 なにが言いたいのかと言えば…女性側から口説かれる、というか迫られるような経験は初めてではないが、ごく少ないワケで…

 

 ん? でも、そういえば… 人生で2度ほどストーカー気味に迫られたことはあったかな。一度は小学校の同級生、二度目は20代のころに40代後半の… いずれも強度のメンヘラ様で…全くの好みではなく、申し訳ないが振らせていただき、なおも迫られて振り切ったような、苦い思い出になっている。

 そう、なぜかメンヘラ様には気に入られることが多かったなぁ…

 

 しかし今回は… 好みのタイプに十分入る娘であり、こう迫られて悪い気などするはずもない。

 危うくはあっても、私が何もしなければ何も起こりはしないと確信していたし、その程度に自分を律することが今まではできていた。まさか、相手からこんなに積極的に… などと考えることがなかったのは、やはりイケてるメンではないからだろうか。

 

 もし…こんなことが発覚したとして… 未成年のミキが謝るべき相手は保護者だけだが、成人の私は世間すべてのヒトに対して責任を取らなければいけないことになる。
 それに… こうなった以上、私はミキの言うこと為すことを将来にまでわたって基本的に是認しなければならないだろう。


 彼女がチクれば、私はおそらく免職になるからだ。

 

 ではこの段階で誰かに相談すべきなのか? 仮にそうしたとしても、結果的にはたいして変わりはしないだろう。相談が正規のルートに乗った瞬間から私が罪人になることは眼に見えている。


 そう… だから… 道は2つ、いさぎよく責任をとって身を引くか、黙っているしか道はないのだ。

 

 ある生徒… かつて某教員と日常的に肉体関係まで持っていたJKが、私にこう告白したことがある。なにかの世間話のついでに、その某教師担当教科の2学期末テストが異常にできていたので、さりげなく褒めてみたら…

『あのね先生、アイツね、今度の期末テスト勉強大変だなって言ったらね、その…問題…じゃなくて答えのプリントをくれたの… このテスト勉強の分だけ会いたいなって言ってくれたの… だからできてあたりまえ。もちろんナイショで、ね』

「う、それは実にヤバいな、聞かなかったことにする…しかないな。でもさ…」

『でも?』

「それで学年3番てさ、むしろ笑えるかも。余裕で満点取れるだろ、でもさ」

『でも?』

『模擬試験とかでもときどきいるんだよ… 全国1番取っちゃうヤツが…』

『なんで? すごいじゃん』

「例外なく自宅受験でね、答え丸写しだから満点なんだな、これが」

『あ、そうか』

「私なんかでも「んっ?」って思うんだからさ、気を遣いなよ」

『あ… そうか、そうだね』

 

 まあ… 普通の生徒ならば時間は短縮しても丸写しはしないし、するとしても

『こんな記述問題をバッチリ写したら、さすがに怪しまれるな…』

ってなワケで空欄にしておくし、記号問題だってところどころをわざと間違えておいたりするだろう。

 

このあとも会話は続いたが、ここで留めておこう。

 

 いまこういう美味しい「イケない関係」を続けている方々へ、くれぐれも言いたいことがある。「バレないから大丈夫」ということはない。いったんこの前提が崩れると、本当に取返しのつかない、大変なことになる。

 事情聴取、査問、心理士の面談、警察の取り調べ、明日からの仕事、消える退職金、消える信頼、再就職の難しさ、保険、年金。家族や友人との人間関係。すべての生活の根底が、いとも簡単に消え去っているのだ。
 
 これは本当に怖い。八方塞がりで逃げ場のない、リアルな地獄の状況である。同様な立場に立った先人の中で、命を絶つことを選んだヒトが多いのもすごく良くわかる。私はいったいどうなるのだろう…

 

 それに… 衝撃はこれだけでは終わらなかった。おそらくこれから述べるような状況を誰もが信じようとはしないだろう。


 今でも私自身で信じられないくらいなのだから。

 

 この日を境に、ミキは急に大胆になりだした。まるで煙の出ているセンコー(線香)が10倍になって… 炎を上げて燃え出したような。

 ちなみに… セン(千)の10倍は(マン)である… 


下ネタじゃねぇか!!?

 

 まあ、それはそれとして、彼女全身がまるで「女性」の化身になったかのように、 狭い部室の通路で他の生徒に死角にわざと入っては

 キスをせがんだり…

 背伸びして私の耳にクチビルを触れさせてみたり

 私の腕を取って腕を組むように、ヒジを彼女の胸に押し当ててみたり…

 私の背後に回っては、背中に柔らかい二つの山を押し付けみたり…


 まるで炎がいくつも合わさって業火(ごうか)になったかのような。

 

 おーまいがっ!

 

 たまらない高揚感と、どうぢようもない不安感がないまぜになっていた毎日だった。

  そして私は… この事態を解決できる術を思いつくことができなかった。

 

 ただ、流されていた。